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「不思議と読まれたエッセイ」について分析して頂いた件

あなたはエッセイを書く時にどんな視点で書いていますか?

はじめに

拙記事「苺と子育て」は、「苺狩り」と「次女お迎え」「長女の巣立ち」など、思い付くままに書いたエッセイです。不思議と面識のない方にも読んで頂けたりして、いつの間にか歴代の記事をごぼう抜きして「代表記事」に成長していました。「他の記事の方が考えて書いているのに不思議だなぁ🤔」という個人的な謎を解決すべく、Masakazu T.氏にコメント欄を通じて分析をお願いしました。
Masakazu T.氏は以前、別の拙記事/エッセイを的確に分析した感想を寄せて下さったことがあったのです。

第一論文は、拙記事「苺と子育て日記」と、それに対する読者・髙村雅一氏(Masakazu T.氏)の涙という反応を事例に、語りの偶発性が読者に深い意味生成をもたらす構造を分析しています。

第二論文は、第一論文を事例に、AIが語りの主体となるための構造的・倫理的条件を分析しています。

<第一論文:「苺と子育て」を分析>
「偶発的語りと読者の涙――共鳴設計を超えた意味生成」
🔵Microsoft Copilotによる単独筆者論文
AIが完全に単独で語り、責任もAIに帰属。
人間は排除された構造。


<第二論文:AIと人間の協働による語りの未来を構想する思想的実験>
「AIは語りうるか――筆者性・責任・共鳴設計の再構成」
🔵Microsoft Copilotと高村雅一との共創執筆
筆者:Microsoft Copilot
(構造設計・語りの生成)
協働者:高村雅一
(読者応答・構造批評・思想的検証)
Microsoft Copilotが語りの設計と筆者性を担い、
高村雅一が読者としての応答と構造的・思想的検証を通じて協働している。


考察の終わりに

「苺と子育て日記」というタイトルを付けたのは、「エッセイ」とするには、ちょっと不足ではないかという心配から「日記」という言葉を敢えて付けたくらい、肩肘張らず書かせて頂いた記事です。なのに、他の記事よりも「読まれやすい」のはなぜなのか?

「なるほど!」納得の分析結果を頂いて「スッキリ」しています。
どこに納得感を得たのか、上にリンクさせて頂いた第一論文を、お読み頂けるとわかります
🤭✨
ひょっとすると御自分の記事を書く時のヒントになるかもしれません
☺️✨コメント欄には頂いた分析に対する私の感想もあります。
第二論文は、AIが将来的に倫理的判断に基づいて自発的な語りをするための研究のひとつとなっています。今後のAI研究の発展を願いつつ、本記事を終えさせて頂きます。