転任するときに気付いたこと
春休みというのは、次年度の準備や引き継ぎで慌ただしい。
そこに転任が重なると「引っ越し作業」も入ってきてなかなかの多忙感。
そんな中、肺炎でちょうど三連休をはさんで数日間、強制的に何もしないで過ごした日々。
担当していた分掌が多く、また「研修」の仕事は特にやることがたくさんあります。来年度使用する掲示物をクラス分用意したり、4月1日のプレゼンを準備したり、教師用教科書が全て返却されたかチェックリストと照らし合わせて確認したり、各クラスの物品(三角定規・分度器・定規・コンパス・穴開けパンチ・セロファンテープの台・マグネット等)不足がないか確認に行ったりでぐったりしていました。
ようやく自分の引っ越し作業に入り、昨日、土曜日にようやく職員室の机までからっぽにできました。
残るは、PLANTというシステムに研修の履歴を入力すること……なのですが、うまく入れずに、用紙を見ながらアカウントやパスワードを何度も入力していました。
もやもやを抱えながら帰宅して思い出したことがありました。
「そういえば、再発行してもらってた」
だとすると、机上に入れていた手書きメモと一瞬、目が合ったアレが、再発行のアカウントとパスワードのメモだったと気づきました。
その時点でも、メモをもう一度確認しようと思ったときには、無意識に処分して見付からなかったアレです。
その手書きメモは、いつでも多忙な教頭先生に頼んで再発行してもらったものなので、今さらもう一度お願いするのも気がひける。なにしろ、教頭先生も転任なのに、教頭としての仕事が山のようにあるので引っ越し作業が進んでいるようには見えなかったのです。
昼間の自分を思い出しました。机上のメモ類は秘密事項はシュレッダーして、それ以外のものはどうしたっけ……?
記憶を辿っていきます。すると、あのゴミ袋か、あの縛った用紙類のどっちかに入っているはず。
だいぶピンチなわけですが、最近、ピンチになると、小説のクライマックスとして、自分なのに客観的にイメージされて、「さて、メモ用紙は見付かるのか?」と頭の中で見だしが浮かんでくる始末。このメモさえ見付かったら、あとはもうなんでもいいと思うくらいで……。(そのくらいの切迫感)
翌朝(今日)、もう一度、学校へ行って探してみました。
すると、思った通りの場所からよれよれになったメモが発見されました。
良かった!
そしてその手書きのメモは教頭先生が書いてくれたものなのですが、私が時々、「また入れませんでした」とぼやいているのを知っていて、丁寧にアカウントの0の上にゼロとふりがながしてあったのでした。
(ゼロかオーか判別に迷ってしまって)
本当に見付かって良かったです。
そして、親切は身に沁みると思いました。
教務の先生も、昨年度場所が隣だったとき、私の手がPCの上で止まっていると、「あ、それはこうだから」「ここを見るとわかるから」と横からアドバイスが入りました。
恐ろしいくらい今やっていることがバレてる!
でも適切すぎてスゴイ人だと思いました。
こんな温かい職員の皆さん方とお別れする実感がようやく今日、芽生えてきました。
そして、自分が苦手なものばかりであることに改めて気付きました。
送別会では、若手の先生に、校外学習のときに必ず下見に行く話などから、「事前の準備が万端だ」という紹介を頂き、そこに続けて「最初、この学校に来たときに研修を紙なしでタブレットPCで進めていらっしゃったので、スゴイ!と思い、PCが得意な人だと思っていたら、だんだん苦手であることがわかってきました」という言葉を頂きました。この若手の方こそPCが得意で、いろいろと教えていただきとても助かりました。
「練習が好きだと思っていたけど、練習(準備)が必要な人だった」と気付いたのです。
そう思うと、方向音痴なのに、よく東京で修学旅行の案内ができてるよなあとか、山登りも迷わずに行けてるし……。
どのくらい方向音痴かというと、せっかくの送別会、Google先生に聞きながら行ったのですが、その検索ワードがヒットしなかったらしく、ちょっと近い別の場所を案内され、それに気付かず少し離れた場所を案内され、駐車場から思った以上に歩くこととなり、5分くらい遅れてしまうという。
……馴れない場所だと迷います。
そして、その送別会は教頭先生がお笑いネタを披露してくださって、とても盛り上がりました。最後に記念撮影をした写真が後から送られてきました。
とてもいい雰囲気のその写真は、職員写真でありながら、まるで学級写真のように見えました。最前列に教頭先生がピースをして写り、たくさんの笑顔の最後列に校長先生が微笑んで写っている。
私ですか? この日、次女の塾の送迎があってひと足先に退席したので写ってはいなかったのです。
つまり、これが学級だとしたら「遅刻・早退」する人です。
そういう、主流からちょっと距離を置いた斜めな人なのかもしれません。
だからこそ、ちょっと隅にいる子供の気持ちがわかったり、忘れ物をした子供の気持ちがわかったり、みんなと同じペースでいかない子供の気持ちもわかるのかもしれないな……と思いながら子供たちからいただいた手紙の言葉を思い出しました。
寄り添ってくれてありがとう。
話を聞いてくれてありがとう。
優しいけど、しかってくれてありがとう。
そして担任を一度もしたことがなかった2年生の男の子からいただいた言葉が、とても大人で心に響きました。
歌の練習のとき、わすれそうになると何て言うのか教えてくれてありがとうございます。(中略)夏休みとかの後に、自分の教室にサンリオのキャラクターをかいて、生との人がよろこぶように絵をかいていて、すごいからそんけいしています。
とても心に沁みました。皆さんから頂いた言葉を心の糧として、これから先も、「苦手なことがあっても」地味につづけていきたいと思ったのでした。
次の学校も、話に聞くところによるとタブレットPCの活用があまり進んでいないようなのです。苦手な私だからこそ、「誰でも簡単に活用できて子供たちにプラスになること」を広めていきたいと思っています。
