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グレン・グールドと角野隼人

グレン・グールドと角野隼斗さんが私の頭の中で同じカテゴリに入っていて「なんか似てる」と思うのはなぜだろう?と疑問に思っていました。
「自由だから?」
「既存の価値観を壊して新しいものを創っているから?」
「グールドにも角野さんにもJAZZのグルーヴ感を感じるから?」
などの理由が頭の中にありました。
JAZZピアニストだったら、演奏をしながら口ずさむことはあるあるな話で・・・。角野さんはジャンルにとらわれない演奏活動をなさっていて、クラシックの演奏会のアンコールでいきなりJAZZを演奏することも・・・。
いろいろ自分なりに調べてみました。

映画「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」より抜粋

バーンスタインはグールドの才能を理解しそのやり方に従うと言った。
その上で自分の解釈とは違うと公言した。
コンサート活動をやめる一因となった。

作曲にも放送にも著述にも彼は興味を持ち意欲をかきたてられた。
主流から外れた孤独――

舞台の上で演奏するのは大変な重圧で
魂を含め自分の全てをさらけ出す行為だ

ちょうど録音技術が急速に発展した時期に
グレンはその推進者となった

映画「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」
抜粋してますので頭の中で補ってください

グレン・グールドと「低い椅子」

― 奏法に秘められた必然―

20世紀を代表するピアニスト、グレン・グールド(1932–1982)は、その独創的な演奏解釈と同時に、演奏用の「低い椅子」でも広く知られている。
この椅子は、父ラッセルが改造した折りたたみ椅子を基にしたもので、脚を切り詰め、さらに各脚を個別に調整できるように作られていた。一般的なピアニストの椅子よりも約15センチ低く、座面は床からおよそ36センチ(14インチ)という極端な低さであった。グールドは椅子がすり切れても使い続け、生涯この椅子を演奏に用いた。
この不自然にも見える低い座位には明確な理由があった。彼は、ピアノを「上から叩く」のではなく「引き下ろす」感覚で演奏することを理想とした。これは師アルベルト・グレーロの技術的理念に基づくものであり、鍵盤に親密に接近し、より精密なコントロールを得るために低い椅子が必要だったのである。
さらに、グレーロは「フィンガー・タッピング」と呼ばれる独自の訓練法を伝えた。これは手や腕を脱力させ、指を独立して素早く動かすことを目的とするもので、無駄な力を排し、明晰な音を得るための方法であった。グールドの粒立ちの良い演奏や独特の透明感は、こうした基礎的な訓練と椅子の工夫が結びついて生まれたものと言える。
一般的には「奇行」とも語られる低い椅子だが、事実はむしろ逆であった。グールドにとっては音楽的必然であり、演奏理念を実現するための不可欠な道具だったのである。

AI調べ
出典は下記参照

参考文献

  • Wikipedia「Glenn Gould」

  • Glenn Gould Foundation “On Gould’s Signature Chair”

  • GlennGould.com “Canadian Ingenuity — Hunched at a piano, making scintillating music”

  • オタワ大学 Omeka “Glenn Gould Chair” 資料目録

  • Wikipedia「Finger tapping (piano)」

  • Music and Health「Finger Tapping — Glenn Gould and Finger Tapping」

私の最初('55)の《ゴールドベルク》の録音と今回('81)の録音との違いは、第15変奏のような、長い、ゆっくりとした変奏でよくわかります。五度の反行カノンによる変奏です。二十六年前、私はあれをショパンの夜想曲のように弾いてしまいました。あの演奏をした人物をもはや認識できないのです。今の私にはわかるのですが、あの変奏にはある種の強度があって、虚飾を施す必要がまったくない。ピアニスティックな、器楽的な強度ではなく、精神的な強度です。(「グレン・グールード発言集」みすず書房より)

関雅行さん
グレン・グールド ゴールドベルク変奏曲 聴き比べ
概要欄より



角野隼人さんがグレン・グールドについて語る

初めて「音楽の友」を購入してみました♬
2025「音楽の友」8月号より

記事によると、角野さんは小学生の頃はバッハは、どちらかといえば弾かなくてはいけないという感覚だったそうです。中・高生の頃はジャズやロック、電子音楽に惹かれていたそうですが、大学生になった頃から再びクラッシック音楽の世界へ。
グレン・グールドの演奏を聴いたことが大きく影響してバッハの音楽の中にあるグルーヴ感に惹かれるようになっていったのだそう。

角野さん御自身の中にグールドに対するリスペクトがあり、共鳴されていたことがわかりました。そういうこともあって、私の中で同じカテゴリに分類されていたのかもしれません。(太字は加筆)


角野隼斗さんのショパン

角野隼斗さんといえばショパンも敬愛されています。私のお薦めの2選

私が、このお二人に憧れを抱くのは「自由への憧れ」があるからだろうと、調べてみて、やはり思いました。
「自由」とは「新しいことに挑戦」したり、「職人のようなこだわりをもって自分らしさを表現すること」だと考えます。
私も職人のように書いていけたらと願います。

余談ですが、週末ウォーキングの際に神社でおみくじを引いてみました。おみくじで見るポイントは文章で書かれたところだと思っています。その時々の自分に必要な言葉を頂けるような気がしています・・・。
(引き直したい時もあるけど・・・🤭💦)

素敵なアドバイスを頂きました。
「物理的・時間的自由」は子育て後に突如きて
むしろ寂しいのでしょうね。

母との同居、1か月くらい経ちます。
高齢者の留守番の危険は、電話勧誘だなと
子供の留守番との違いを体感。
(電話は出ずに無事ですが、ちょっと迷ったらしいです。)