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爪痕を残そうとしたら

JICA海外協力隊としてボリビアのサンタクルスで活動しています。

先日、日系移民の多く住む「コロニアオキナワ」で開催されたソフトボール大会に参加しました。
ボリビアには、戦後に琉球政府による計画移民で開設された移住地があり、現地でも「コロニアオキナワ(Colonia OKINAWA)」と呼ばれています。

同期の協力隊員が赴任しているオキナワ第二移住地のチームに参加。
移住地は第1、第2、第3と3つあり、それぞれの移住地から青年チーム、年配チームが出場し対抗戦を行います。各チームともプライドをかけた、負けられない戦いです…。
私は日本で働いてた頃に所属していた職場の野球チームのユニホームを着て、まるで日本からやってきたバリバリの野球選手の気分で試合に臨みました。
ボリビアではサッカーが国民的スポーツとして圧倒的な人気を誇り、野球をする人はほとんどいません。
街中の公園でも、子どもたちが遊んでいるのはほとんどサッカーで、たまにバスケットボールを見かける程度です。


開会式もしっかり並ぶ

結果…
・第1試合 
 出場機会なし
・第2試合 
 三塁手で途中出場。犠牲フライで1打点を挙げ、四球で出塁。守備機会も
 も多数あり。
・第3試合(準決勝)
 三塁手で先発出場。第1打席で満塁のチャンスに走者一掃のタイムリーツ
 ーベース。第2打席はシングルヒット。盗塁時に足を負傷し、なんとか帰
 塁したものの次回の守備から交代。
・第4試合(決勝)
 出場機会なし

チームは決勝戦で敗れ準優勝に終わりました。個人的には好成績を残せたもののその代償は大きく、左ふくらはぎを肉離れしてしまいました。1週間経ってもまだ普通に歩けませんが治るのでしょうか。

試合後には大懇親会が開かれ、対戦相手も関係なく、ノーサイドで皆が車座になってビールを囲みました。
様々な年代、様々なバックグラウンドを持った人たちと語り合い、飛び交う言葉はスペイン語、日本語、うちなーぐち(沖縄の方言)の3つ。
移民二世の方々は年配で、子どもの頃に親に連れられてボリビアに移住してきたため日本語も流暢に話せます。しかし、その息子や孫の世代になると日本語を理解していても日常会話はスペイン語が中心のようです。
ソフトボールの試合中も、日本語とスペイン語が飛び交う光景は面白く、私がスペイン語で話していると、「無理してスペイン語じゃなくていいよ」と諭されたときはバツが悪かったです笑


決勝戦は医療ベッドから観戦


日系移民で現在も移住地で生活している人の多くは農業を生業にしており、ボリビアの中では割と“成功”している部類に入るようです。
特に大豆や小麦、米などの穀物類は国内シェアの大部分を占めています。
首都ラパスの移民資料館で学んだのですが、最初の移民の方々の血と汗が滲むような努力と奮闘があって、現在の生活があるのだと推察できます。
農地を切り開き日本人特有の勤勉さで確固たる地位を築き上げていったのでしょう。

彼らは日本の文化、システムをよく知っており日本の文化やルール、日本人の特徴を羨ましがるのが多いように感じました。
羨ましいというよりは憧れに近いのかもしれません…。
一方で自国のシステムやルール(どうしようもない決まり事)に対して、「自分はこう思う」という主張を熱く語る若者もいました。

ボリビアのオキナワでの交流。
爪痕を残そうとしたら傷跡が残ってしまいましたが、とても楽しく彼らの思いや考え方に接し、もっともっと関係を深めていきたいと感じました。

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