嫉妬を正しく扱えるようになる処方箋、ありませんか。
嫉妬心は そもそも少ない方だと思う。
それは自分が大好きだとかとても恵まれているとか何にでも幸せを感じられるとかそういうことじゃない。多分だけれど、そもそも嫉妬のもつエネルギーに囚われやすく、その上その「エネルギーの矛先」がまっすぐ自分自身に向かってしまう捻れた性質が私にあるからだと思う。
大袈裟に思う人もいるかもしれないが、私は「生きるために」嫉妬という気持ちを別のものとすり替えるのが上手くなったのだと今は思う。波立ち泡立つ感情を「いや、そんなところで感情動かしたって無駄でしょ」と自分で嘲笑うくらいじゃなかったら、私は自己否定の海で溺れてさっさと死んでいた、そう思うのだ。
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嫉妬という暗くて強い気持ちに気付いたのは本当に小さい頃。私は4人姉妹の3番目、上2人はどこでも可愛い、賢いと褒めちぎられる’双子’(もう存在がインパクトの塊)で、妹は家族中のみならず「世界から愛され大事にされる」お日さまみたいな子だった。この環境で姉妹に嫉妬の感情を知らずに育つ子供がいるだろうか。
いるわけない、そんなの無理だ。子供にとって周り「より」も可愛がられる、は明日も生きて行ける、と同義だから。
小さい頃から私に無いものをあれもこれも持つ人たちが常に側にいる、どうしたって勝てない、どうしたって私には手に入らないことが多すぎる。そんな状況だったから、諦めることを覚えながら対症療法的に世の中的に一般的に望まれる子供を演じる方向に進んだ。まず「良い子」で舞台の上に上げてもらって、あとは自分のキャラで目立って行くんだ、と。
これは比較的成功したんだと思う。
姉妹とは別方向で「あなたは良いよね・面白いよね」と認めてもらい大抵のことはOKになった。そうか、なりたい自分像のところにはもっとすごいひとたち(=至近の姉妹たち)がいるけど、ちょっと違う方向を目指したらいいだけじゃないか。3歳くらいにしてレッドオーシャンじゃなくてブルーオーシャンを探して進むことを覚えたんだと思う。
ま、そもそも昔から「競争心」というものが私にはかなり欠けているというのもあるかもしれない。諦めの早い私は大抵のことに「え、すごーい」と美しいくらい妬み抜きで言えてしまう。「諦める=頑張ることをしない」であって、頑張ってないから悔しさも生まれないのよね。悔しさがないところに妬みは生まれない、という自明の構造。
やがてちいさい子供だった私も親の愛は姉妹みんなにちゃんと向けられていると理解した。周りから姉妹達がちやほやされても自分には自分の味方もいるし、そもそも手に入らないものを願ったって仕方無いという変な信念も根付いた。
それでもどうしようもない嫉妬心というものもある。恋人の浮気。これに嫉妬を覚えない人がいるとは思わないけれど、私も「ちゃんと」嫉妬に駆られた。
嫉妬心を感じる程に誰かを自分の近くに入れない。それが最初の彼にイタイ目にあわされてから後、自分に徹底したことだった。あの人は別の惑星に住んでいる、この人も別の惑星に住んでいる、そう思うことで誰かが私とその人の距離の間に入ってきても 嫉妬エネルギーに焼かれる前に物理的にも心の距離的にも逃げ出せるようにした。
それでもつい恋におちてしまったひとがこちらにcommitmentを示してくれれば、私も思わず「私の惑星にようこそー」としてしまうわけで、ここで浮気なんて起こった場合には嫉妬心エネルギーはそのまま「裏切るようなひとを自分の領域に入れてしまった自分の愚かさ」をダイレクトに攻撃してくる、攻撃してきたのだ。嫉妬の対象へ向けられればそのエネルギーは呪いとなるんだろうけれど、そうする前にその嫉妬エネルギーは私自身に向かい自分を傷つけるように私は出来ていた。
「私は生きる資格がない」と信じてしまうような嫉妬がつくる刃の、破壊的威力。
よくあの嫉妬の嵐をやり過ごして生き続けられたなぁと思うくらい、自分を痛めつけたしあの頃を思い出すのもまだ息苦しくなるし、まだことばにも文章にもできない。嫉妬するのに上手下手があるなら 私はそれで自分をこれでもかと痛めつけるように ものすごく嫉妬下手なんだと思う。
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とにかく普段の私は日常で身近なことに嫉妬心を感じる事はあまりない。羨ましいなぁと思うと瞬間的に自分には手に入らないものと諦めにすり替えるのかもしれない。自分でも気付かないくらい本当に上手に。
妬むことが少ない、と言うとすごいね、と感心してくれるひともいるが、ちがうんだ。自分を否定しないために、自分で生きるために、すり替えたり諦めたりするのが上手くなったのだと思う。
これの最大の「よくないこと」は、欲しいと願う何かを自分の手許にひきよせるために頑張るとか良くなろうとか、踏ん張る気持ちが生まれないことだ。私の日常は平穏だけど成長のための努力ができない。多分嫉妬心のエネルギーを怖がりすぎてそのエネルギーを向ける先を正しく選べなくなっている。嫉妬心を扱うのに正しい処方箋は一体どこにあるんだろう。
そんなわけで嫉妬心が結果的に「頑張る気持ち」を引き出せるものなら、厄介かもしれないけれど本当はちょっとくらいは持っていた方がいいんじゃないかと思っている。今からでは・・・そういう舵の切り方を新たに覚えるのは、かなり難しいかもしれないけれど。
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池松さんのこちらの企画に参加してます。
そもそもの、斉藤ナミさんの連載ものはこちらです。
そうそう、参加の皆さんの嫉妬にまつわる文章、面白いです。それらが苦しくても醜くてもそれこそが人間の魅力の1つだなぁと思うし、私も具体的に書けたらどんなにいいか、と思うのだけれど言うは(思うは)易し行うは難し。もっと練習と訓練が必要。
まぁとにかく純粋に皆さんの文章が素晴らしいので、ぜひ覗いてみてくださいませ。
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