イギリスでの万引き急増と政権のジレンマ
イギリスの万引き問題はここ数年深刻化の一途をたどっています。内務省が発表したデータによると、2025年3月までの1年間にイングランドとウェールズで警察に届けられた万引き件数は53万643件と、調査開始以来の最高を記録しました。表面的に見ても驚くべき数字ですが、実際にはこれは「氷山の一角」と言われています。警察に通報しているのは大規模スーパーやチェーン展開している店舗が中心で、小規模な商店やガソリンスタンド併設のコンビニエンスストアはほとんど報告していないためです。
英国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)
内務省(Home Office):所掌事務
主な所掌分野は、移民管理のほか、犯罪対策、テロ対策、警察業務等である。情報通信関連では、法執行機関等による通信傍受や通信データの取得、オンライン上のセキュリティ、児童に対する性的搾取等に関する取組みを関係省庁と共に担当している。
イギリスの「コンビニ」は日本のように多機能な店舗ではなく、飲料やスナックを中心に扱う小さな店を指します。こうした店舗をまとめるコンビニエンスストア協会のCEOは、過去1年間の実際の万引き件数は620万件を超えていると発言しています。つまり公式統計に表れる数字の十倍以上の万引きが発生している可能性があるのです。しかも小売業者側は「警察に通報してもまともに捜査してもらえない」と不満を漏らし、通報すら控える傾向が強まっています。

万引きを助長した制度上の問題
万引きがこれほどまでに増加した背景には制度上の問題があります。2014年に導入された「200ポンド以下の窃盗は軽犯罪として略式起訴のみ」とする規定がその典型です。この基準が設けられたことで、警察は万引きを重大事件とみなさず優先度の低い犯罪として扱うようになりました。その結果、「200ポンド以下なら捕まらない」という認識が広まり、窃盗を抑止する力が弱まったのです。
昨年発足したスターマー政権はこの基準を撤廃する方向で動き始めましたが、いまだ審議は進まず法改正は実現していません。その遅れに対する国民の不満が高まっており、報道機関でも万引き問題が繰り返し取り上げられるようになっています。人々が「政府は本気で対策を取るのか」と問いかけているのが現状です。
有名万引き犯の存在と社会復帰プログラム
最近の報道では、イギリス第2の都市バーミンガムで「ナンバーワン万引き犯」と呼ばれる女性が注目を集めました。キーリー・ノールズという42歳の女性で、これまでに28回も刑務所に収監され、30年にわたって数千ポンド相当の商品を盗んできた人物です。
なぜ彼女がメディアに登場しているかといえば、現在は社会復帰プログラムの一環として講演活動を行っているからです。彼女は30年以上ヘロイン依存に苦しみ、薬物依存と万引きの関係性を自身の体験を通じて語っています。薬物も窃盗も強い依存性を持ち、抜け出すのは極めて困難だといいます。現在は自身の過去を語ることで、同じ境遇にある人々に希望を与える活動を行っており、社会問題化した万引きの背景を理解する上で象徴的な事例となっています。
もっとも、万引き急増の主因は薬物ではありません。むしろ近年目立っているのは高齢者による窃盗です。
増える高齢者の万引き
ガーディアン紙などの報道によれば、年金生活者を中心とした高齢者の万引きが増えているといいます。背景には生活苦があります。物価高や増税で生活が厳しさを増すなか、年金だけでは生活が立ち行かず、200ポンド以下なら刑罰が軽いと知った人々が小規模な万引きに手を染めているのです。
この問題のやっかいな点は、加害者が「社会的弱者」として扱われやすいことです。生活保護の厳格化や増税などで国民の不満が高まる中、弱者をさらに締め付けるような政策は強い反発を招きます。そのため、政府は取り締まりを強化したい一方で、「生活苦に追い込まれた人々を罰するのか」という批判を恐れて身動きが取れない状況にあります。
政権の立場
スターマー政権は発足当初から「治安回復」と「社会的弱者への配慮」の両立を掲げてきました。しかし、4月には増税が実施され、生活保護受給資格の厳格化も進められたことで、国民の不満が増幅しています。こうした中で「万引き問題」にどう対処するかは極めて難しい課題です。
政府は当面の対策として警察官のパトロールを強化する方針を示しましたが、年間620万件ともいわれる万引きをパトロールだけで抑え込むのは現実的ではありません。取り締まりを強めれば弱者へのしわ寄せとなり、緩めれば治安の悪化につながるというジレンマに直面しているのです。
これがロンドンのスマホ盗難です。毎日数百件起こっています。横断歩道は絶対要注意 https://t.co/qk35jIHOV5
— 【世界経済情報】モハPチャンネル (@MohaP_WorldNews) August 23, 2025
今後の見通し
イギリスの万引き急増は、単なる軽犯罪の問題にとどまらず、貧困、社会保障、薬物依存といった複合的な課題と密接に結びついています。スターマー政権は法改正を進める意向を示していますが、世論の分断や社会的弱者への影響を考慮する必要があり、実現には時間がかかるでしょう。
ただし、問題を放置すれば小売業界の損失は拡大し、治安の悪化による社会不安も深まります。現状のままでは万引き件数は今後も増加を続ける可能性が高いとみられます。政府がどのようにバランスを取り、実効性ある対策を打ち出すのかが問われているのです。
ご参考(イギリスの記事のまとめ)
■ ロンドンの現状と日本との比較
■ 労働党政権の政策とイギリスの富裕層の流出
■ 英国の刑務所システム破綻と受刑者早期釈放問題
■ 英国スターマー政権の「PLAN FOR CHANGE」
■ ロンドンの住宅不足とホームレス問題
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