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#47 産後の恨みは絶望の記憶 | 180度違っていた夫婦の努力のベクトル。私が欲しかったのは「孤独の解消」だった。

Xでよく見かける「産後の恨みは一生」という言葉。


子供を産むまではどこか大袈裟だと思っていた。


けれど今なら首がもげるほど同意できる。


産後の恨みというのは単なる怒りではなく
それよりももっと
深くて暗くて冷たい絶望と
パートナーに対する諦めからくる言葉
だと
身をもって分かったからだ。


当時(私が育休中)の夫は
家族のために身を粉して働いてくれていた。

家にいる間は積極的に育児にも関わろうとしてくれてはいた。

それは間違いなく家族への愛情だった。


ただ、当時は22時帰宅、
土日どちらかは休日出勤なんてザラで
圧倒的に家族で過ごす時間は少なかった。



日中は近所に住む実母が遊びにきてくれたりして
ある程度リフレッシュできていたが
夜になると夫が帰ってくるまで子どもと2人きりである。


ギャン泣きしている横で
急いでシャワーを浴びたり
抱っこしながら立ちっぱなしで晩御飯を食べたり
むしろ夕飯を食べ損ねて
夫が帰ってくるまで何も食べれずなんてことも
しょっちゅうあった。


抱っこ寝から下ろすと起きる子どもを
出来るだけ起こすまいと
お腹の上に乗せたまま
晩ご飯も食べれず、夫が帰ってくるまで
暗くなった寝室で泣きながら待ったことを
今でも鮮明に思い出せる。




人を頼ることが苦手な私は
真っ暗の部屋で打った「早く帰ってきてほしい」という短いメッセージに
全霊の助けを込めていた。
だが、その全身全霊の思いすら届かなかったときの絶望を今でも時折思い出す。



そんな絶望すらも
仕事に追われる夫が察するのは不可能だった。



助けてもらえないことに絶望するくらいなら
2人で子育てをしているはずなのにこんなにも孤独を感じるくらいなら
最初から期待しなければいい
最早1人で育てた方がいい

というかなり極端な思考にまで当時は陥っていた。


もちろん夫は夫で
できる限りのことをしてくれてはいたし
育休中のお金の心配が要らないくらいには働いてくれていた。

そこはもちろん感謝すべきところである。



だが、当時の私は
一分一秒でも早く帰ってきて欲しかった。


早く帰ってきてと助けを求めたときに
すぐ帰る、と言って欲しかったのだ。


辛いときにその辛さを分かち合って欲しかった。
寝なくて辛いよね。と2人で話せればよかったのだ。

帰りにコンビニスイーツを買って機嫌を取ろうとするのであれば
まっすぐ帰ってきて一分でも長く寝させて欲しかった。


努力するベクトルが180度違っていたのだ。


恐らく、あの時の
冷たく暗い孤独感は一生消えることはない。


私の中には
一番辛いときにこの人は近くにいなかった
その事実だけが根深く残ってしまっている。



けれど、
期待して絶望するくらいなら
話し合うことすら無駄だ、と
話すことを放棄した私にも
もちろん非がある。


辛すぎるから助けてくれ、と
その一言が言えれば何か変わっていたのかもしれない。


あの時の私を直接救うことはできないけれど
今、あの時の私のように絶望の淵にいる人がいたら
助けて、と言っていいんだよ。はっきり言わないと、その切実さは伝わらないよ。」と伝えたい。



また、それと同時にパートナーの方にも
今、助けないと一生の記憶に残るよ。今この瞬間助けないと取り返しがつかないよ。後からでは遅すぎるよ。」と言いたい。



幸いなことに私の場合は
子どもの夜泣きが落ち着き、
夫の仕事も当時の状況から抜け出すと
私の中のわだかまりも少しずつほぐれていった。


結局、夫婦と言えども別の人間だ。

察してもらうことをやめ、
180度違っていたベクトルの向きを
泥臭い話し合いでひとつずつ揃えていく。
そして、辛い時は辛いと言う。



その作業の積み重ねが大切なのだと思う。

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