スタバでノートパソコンを開くという自己演出
スターバックスに行くと、ほぼ確実に目に入る光景がある。
ノートパソコンを広げ、ドヤ顔でキーボードを叩く人たちだ。
コーヒー一杯と引き換えに、長時間席を占拠し、「仕事をしている私」を展示している。
彼ら彼女らは、本当に今この場所で、その作業をやる必要があるのだろうか。
周囲は談笑、笑い声、ミルクをスチームする音、BGM。
集中力を要する仕事をする環境としては、正直かなり劣悪だ。
それでもスタバが選ばれる理由は明確だ。
スタバは“仕事している自分”を最もそれっぽく演出できる舞台だからだ。
スタバでノートパソコンを開く行為には、ある種の様式美がある。
MacBook、紙カップ、店内の照明、ガラス張りの空間。
それらが揃った瞬間、「意識高い系」という記号が完成する。
実際にやっている作業は、
すぐ返さなくていいメール、
中身の薄い資料の微修正、
Slackを開いて閉じての繰り返し。
それでも本人の中では、「今日はちゃんと仕事をした」という手応えが残る。
成果ではなく、雰囲気がそう思わせてくれるからだ。
スタバで仕事をしている人ほど、やたらと画面を開けっ放しにする。
トイレに立つときも、レジに行くときも、
「私は今、作業中です」という看板を下げるように。
本当に集中している人は、
周囲からどう見られているかなんて気にしない。
むしろ、見られない場所を選ぶ。
それでもなおスタバに居座るのは、
仕事のためではなく、承認欲求のためだ。
スタバは便利だし、居心地もいい。
短時間の作業や待ち時間の調整には、確かに向いている。
でも、何時間も居座り、
パソコンを叩き続ける姿は、
「仕事をしている」というより、
仕事ごっこをしている大人に見える。
スタバで働く自分に酔い、
スタバで頑張っている自分を眺め、
スタバというブランドを借りて、
自分の価値を少し底上げしようとしている。
本当に仕事ができる人は、
スタバに行かなくても仕事ができる。
本当に集中すべき作業は、
スタバではやらない。
それでも今日も、
スタバでノートパソコンを開くあなたへ。
それは仕事ではない。
自己演出だ。
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