note、1年経ちました。
こんばんは、もげらです。
6月10日、noteを始めてから1年が経ちました!

1日だけ、寝落ちして投稿を逃した以外は毎日投稿してきた。早い。
「毎日投稿するぞ!」とか「note○年続けるぞ!」と思ってやってきたわけではない。
だけど気付けば、1日1回は何かしら投稿する、をやっていた。
正直、noteの方向性だとかクオリティだとか、いまだにウロウロふわふわしている。
なんでnoteやってるんだろう、という大きなテーマもはっきりしているようでしていない。
「書けなーい」を何回言っているだろう。
それでも、noteを続けている。
私はフォロワーやスキの数にこだわりはない。
たぶんこだわっていたら、noteをやってはいない。
noteには数多の素晴らしいnoteを書いているひとたちが居る。
そういうひとたちに敵うはずはない。そもそも『敵おう』とすら思っていないのだから当然。
(そんなだからいつまでもへろへろのnoteしか書けないともいえる)
けれど、そんな素晴らしいnoteたちに圧倒されるだけでなく、“しょうもないこと”でもそれを“創作”と許してくれるような器量がnoteには感じられる。ありがとうございます。

『駄文でも短文でも悪ふざけでも、とにかく気軽に投稿しましょう』
『短い文章、下手な文章、ラクガキ、そういったものを恐れて手をとめる必要はありません』
もしかしたら私がnoteの一番好きなところはここかもしれない。(『悪ふざけ』は程度によるとは思う)
これを明言してくれていることで、ハードルがグンと下がっているように思える。
いや、そりゃあね、できることならもっと素晴らしいnoteを書きたいと思わなくもないんだけれどね、そんなことは一朝一夕でできることではないし。そもそも『素晴らしい』の基準はひとそれぞれだし。自分が『納得できる』文章が書ければそれでいいんだけれども、納得できてなくても「とりあえず残しとこう」くらいの気持ちでいい、っていうか——
(言い訳が過ぎる)
そんな寛大なnoteを作り上げているひとたちもまた寛大なひとたちなのだと思う。
こんなもげらの書くしょうもない文を読んでくれて、スキをくれて、フォローまでしてくれているかたが居るのだ。
いくらフォロワーやスキにこだわりがないといっても、そんな特殊な癖を持ったかたがたに、感謝の念がないわけがない。
地面に頭をこすりつけてお礼を述べたい気持ち。
改めて、この場をお借りしてお礼を申し上げます。
もげらの文を読んでくれて、たまには絵や写真を見てくれて、
スキを押していただき、フォロワーをしていただき、
本当にありがとうございます!!
たまたまこのnoteうっかり開いちゃった、っていうひとも、もしここまで読んでくれていたらありがとうございます。
うっかりスキ押してみたら、明日なにかしらいいことがあるかもしれないし ないかもしれませんが、そこまで責任は取れませんので自己責任でどうかお願いします。
スキやフォロワーの数にこだわらないって言ったけれど、今日くらいスキねだりしても許されると思いたい。
1年経ったし、プロフィールを書き直したり、過去noteを整理したり、今後のnoteのことを考えたり、いろいろとしっかり かつ ゆるっとしたいなと思うところです。が、
とりいそぎ、もげらnote1周年のご報告とお礼でした。
読んでいただきありがとうございます。
2023.06.10 note1周年迎えたもげら
半年のときのnote、
ここからなにか変わったんだろうか、
変わっていないんだろうか、
マシュマロの存在を思い出しました、なにかありましたらふわふわのマシュマロ投げてください。
