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【noteのメンバーシップをはじめる理由】自分の”言葉”と”思考”はどこにある?

今年をインプットの年と決めて、昨年末から読書や様々なセミナーに出ている。その中でも特に、ChatGPTをはじめAIを使いこなそうといったテーマの講義は本当に乱立していて、選ぶものを間違えると不安になるようなものが沢山ある。
たとえば多くの場合が「AIを使って5分で完成させた記事を、◯円で売って月収◯円!」という、あっという間に稼げるということだけを目的とした内容で、”仕込み”なのかも分からないけれど、講座中に通知されるコメントのほとんどはその内容に大変興奮していて、みんなが一発逆転のチャンスを狙っているような、良くも悪くも「熱狂」を感じる。

間違いなく今年は、AIをどう使うかという、人間にとって大切な年だと思う。

確かに、これまで膨大な時間がかかっていたものを5分で完成させられるのは素晴らしすぎる進化だし、正確性もあって、やる気がない人間が作り上げるコンテンツの何十倍も優れているのは紛れもない事実。

でも怖いのは、
映画の中みたいに人間がAIに乗っ取られることよりも、「稼ぎたい」だけのモチベーションで作られるコンテンツが量産されること
と、深く考えずにそれを見受けた人たちの中に生まれる、思い込みや偏った価値観といった、中身のない感情や熱狂の連鎖。

私が生まれた時、すでにバブルはほとんど崩壊していたけれど、もしかしたらAI時代と言われるこの2025年は、可視化できる情報量と比例して、感情のバブルみたいなものが起き始めているのでは、と思う。

AIの進化に伴って大失業時代がやってくる…!なんてことも言われている中で、そこで起こりうるであろう経済格差に対しては、明確に数字で出るからこそ問題視されるし、制度や補助といった措置がなされていくものだけれど、

孤独やアイデンティティの喪失は金融のように数値化はできないがゆえに、「自分の気持ちがわからない」「どこかにあるはずの正解を探してしまう」「思いがまとまらず言葉にできない」「なぜか常に悩みが尽きない」といった、思考迷子の状況の人が量産されるだろうし、さらに言うと、綺麗に作られた虚無な正論に囲まれているせいで、その状態に陥っているのが自分だけかのような錯覚すら起きてしまうと思う。

未来をAIに乗っ取られる心配なんかをするよりも、むしろ、自分の思考が乗っ取られることを何より心配するべきだと思う。それが本当の乗っ取りなのだから。

年末にInstagramに一通のDMをいただいた。

いただいたDM ※掲載許可をいただいて引用

相互フォローでない方のDMはBOXが振り分けられる設定にしているので、ほとんど見逃してしまうのだけれど、こちらは目に止まった瞬間に「返さなくては」と思って、すでに時間は経ってしまっていたのだけれど、急いで返信をした。

私からの返信

たいしたことも書けなかったけれど、このあとDM主の方は無事にパートナーと話し合いが成立して、結婚生活を継続したまま妊婦生活を送られているとのことで許可をいただいて引用した。(よかった…!)

とにかく、何が正解かなんて誰も分からない中で、たったひとつの指針でもある自分の気持ちがもうすでにあって、でもそれを言語化できない、ということが勝手にすごく歯痒かった。命が関わっているということもあって、なんとかしたいと思った。

こういったDMを突然いただくことが多い理由はおそらく、2024年まで7年間にわたって、自社メディアであるNEXTWEEKEND内にて「編集長がこたえます」というお悩み相談に回答する連載をしていたから。
昨年会社が向かっていく方針を決めるにあたってウェブマガジンを休止する選択をしたことで、残念ながらこの連載も伴って終了した。

これまでこのお悩みコーナーに相談を送ってくださった方の数は、合計で約2000人。その多くは深夜0時を過ぎてから届くことから、「深夜の、かけこみ横丁」というタイトルで書籍化もした。

そして、このコーナーを止めてから約3ヶ月。
何が起きたかというと、上述のようにDMでお悩みをいただくことが増えただけでなく、なんと自分自身で自分の考えていることが見えづらくなったのだ。

この3ヶ月、何もしていなかったわけじゃない。会話も出会いも増やしてきたし、むしろ前以上にインプットを意識してきたと思う。それでもこの、何かが足りない感覚は、誰かの悩みに寄り添うことで自分の思考を手繰り寄せて、そしてそれを言葉に変えていくという、3ヶ月前までしていたアウトプットスタイルが自分には必要だったということなんだと思う。

思考も言葉も、筋トレと一緒。何もしないで最強の身体が保てるなんてことがないのと同じで、”やっとたどり着いた思考”なんてものはどこにもない。
日々考えて、誰かの意図を汲み取ろうと努力して、考察して、自分自身で言語化してこそ、思考はクリアになるし、言葉は自分のものになる。

私自身それを痛感していることと、これから先AIで作られる誰の思いも入っていない(場合がある)正論が乱立することを考えて、綴っていく自分だけでなく、読んでくださる方へ考えるきっかけを作りながら、それぞれが自分の”思考”と”言葉”を取り戻せる場所を作りたいと思った。

昨年出版した「Life is a Picnic」という書籍は、ありがたいことに発売から約1ヶ月で5度ほどの重版がかかった。何系とも言いづらい、ある意味ノージャンルの分厚い本がこれだけ多くの方のもとに届くことは、本当にありがたいことだと思う。

この本のキーワードはこの一文。

人生も、ピクニックみたいに
自由に作って楽しめばいい

簡単に聞こえるけれど、案外これが難しい。ピクニックなら天気に合わせて自分で持ち物を選んで、自分と身近な人が楽しめるように準備をするだけなのに、人生となるとなぜか他人の目を気にして選択を変え、大量の情報の中で自分の言葉や思考を見失っていく。

ものすごく、もったいない。

先日、7歳の娘に「ママ、”恋”と”好き”って何が違うの?」と聞かれて、とっさに出た回答をメモに残した。

そして、そのあとAIにも聞いてみた。
私は自分の書籍やコラムなどを読み込ませていることもあって、”村上萌のように”と指示すると、ほとんど自分のような完璧な回答が出てくる。

私からの質問


AIからの回答


ものすごく便利でほぼ完璧。

「もう、これでいいじゃん」と言ってしまいたいくらい。でもそれが怖い。
みんなが「もう、これでいいじゃん。答え、あるじゃん!私が考える時間なんて、いらないじゃん…!」となっていく。そんな時代が、もうそこまで来ているどころか、私たちは知らないうちにもうどっぷりその中にいる。

だからこそ、付き合い方を考えた上で使わなければ、毎回占い師に相談をしないと選択ができないような、思考迷子の人が増えてしまうような危険性を強く感じる。

こんな時代だということを前提に、noteでは、自分と読んでくださる方に向けて、ピクニックするように人生を自由に楽しく作っていくために
Picnic Lab.-言葉と思考の研究所-と題して、こんなことをしていきたいと思っている。

AIの進化は、私たちから思考と言語化を奪うためではなく、思考を整理させ、伝えたい言葉に出会うためにあるはずです。すべての情報に追いつく必要なんて、これっぽっちもない。

“人生も、ピクニックみたいに 自由に作って楽しめばいい”
Life is a Picnicの思考をもとに
自分に必要なものを選んで軽やかに進むための、
Picnic Lab.-言葉と思考の研究所-

Picnic Lab.概要より

✔︎人間関係、自分自身、働き方、夫婦関係、子育てなど、誰にも言えないお悩みへの回答(過去に約200回ほど続けたお悩み回答の連載で多かったもののベスト5は、「意思決定」「パートナーシップ」「子育て」「仕事」「不倫」でした。)
✔︎回答に至った思考回路を副音声的に解説
✔︎コミュニケーションが円滑になる言葉の使い方
✔︎明日がちょっと楽しみになる思考術
✔︎SNSでは言えない、仕事や事業の裏側の気持ち
✔︎仕事ではなく、”ふつう”の人のためのAIの使い方 etc...


思い立ったが吉日ということで、まずは、小さくスタート。
この世知辛い時代に、どこかしら同じことに対する問題意識を持ち、共通項や共感のある人たちが集うLab.のようにしたいので、noteのメンバーシップという機能を使って、クローズドな形で綴っていきたいと思っていますが、1月中は無料公開のプレオープン期間にしたいと思っているので、ぜひ読んでいただけたら嬉しいです。それ以降も、毎月”記憶に残る1杯のラテ”を飲むような価格の、月額600円だと心地よく続けてもらえるかなぁ、という思いで料金設定しました。

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これから、どうぞよろしくお願いします。


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