ADHDは「怠惰の免罪符」でも「劣等感を感じる理由」でもない
最近、SNSでよく見かける「ADHD/ASD界隈」という、「自分ADHDなんで汚部屋生活です~あはは~」みたいにバズるネタ的に、発達特性を軽視し、自分を「怠惰キャラ」にブランディングしてる人たちの発言を目にする機会が増え、ほんまにムナクソ悪い。
ADHD/ASDのグレーゾーンの検査結果で落ち込む子や親御さん
当事者との関わりに悩む親御さんや教育現場の方
ADHD/ASDは扱いにくい!仕事出来ん奴と偏見をもっている人
こうした当事者さん、関係者さんの数が社会にものすごいすごいスピードで増えているのは事実。
実際、私がADHDやADSの特性を持つ当事者さんやその関係者さん(支援現場のおチビ達や親御さん達、うちの若い子たち)からも真剣にその「生きにくさ」の悩みを聞く頻度も増えてる。
ADHDは「怠惰免罪符」でも「人として劣っている」でもない!
しょ~もない「流行語」みたいに使ってるアホどもには、どんなに失礼で侮辱的な発言か、ってゆ~「喝」を入れたい気持ち半分。
残りの半分は、苦悩や混乱、悲しみと対峙しながら、「どう向き合うか?」「どうしたら、心の重みを軽くしてあげられるか?」は、私もまだまだ模索中で、デリケートな問題やから「正解のカタチ」も人それぞれだからこそ、「こんな解釈もあるな~」「そんな声かけもあるのか」ってゆ~、当事者さん達の思考の選択肢候補の一つになれば、嬉しいな、という気持ちで「私が現場でかけてる声」をご紹介したいと思います。
ADHDやASDの特性者は、事実「苦手」が多い
まず大前提として、ADHDやASDの特性っていうのは、単なる「気合いが足りない」とか「本人の努力不足」っていう気持ちや、やる気の問題ではなく、能力として、本人なりの120%を振り絞っても、一般大多数の「普通」といわれている平均値よりも「苦手」や「できない」は目立ちます。
忘れ物が多い
注意不足で同じミスが多い
段取りが苦手で時間がかかる/途中で脱線する
「善かれと思って」がズレて、人との距離感で失敗する
集中力がある時とない時の高低差が激しい
この凹凸のせいで、できる人は、「テキトーにやってるんやろ?」「本気で真面目にやれや!」とツメたくなる、、、つまり「ちゃんとやってない人」に見えてしまう。
これさ、、、、自分が言われたらめっちゃシンドくない?
自分的には全力で本気やねんで?
めっちゃ頑張ってるねんで?
それをさ「お前ちゃんとやってんのけ!真剣にやれやボケ!」とかでドヤされたら、、、せつなすぎん?「次こそは、やったるぞ~!!」って意欲湧くわけなくない?
とはいえ、「当たり前にできる人」からしたら、できない理由は「やる気ない」しか思いつかんし、実際にやる気ないナメた奴も社会にはいるし、行動結果だけ見たら見分けつかんってゆ~難儀さがあるのも事実。
そんな「悲しいギャップ」を埋める為に、本来は、ADHD/ASDの特性認定をする事で、「やる気はあるねん!真面目にやってるねん!でも能力的にちょっと苦手やねん!」って、「怠け者じゃないって理解してもらう」事が、人格否定や差別にならない関係性を創るのに役立つはず、、、、ってゆ~優しい目的で、この特性診断って始まってると個人的には信じたいところ。
でも、残念ながら、ADHD/ASD認定が、優しい健全な解釈で扱われてる方が少ない社会になってしまっている様に感じます。
当事者たちの、生きづらさを軽視したくないな・・・
同時に、声を大にして言い続けているのは、
「苦手」や「出来ない」が多くても人として劣っていると劣等感を感じる必要はないし、自分ができるからって、できない人をバカにするのはイジワルの極み!
そもそも完璧な人間なんていない。って、ありふれた言葉すぎて、自分で今書いてて陳腐すぎてビビったけど(笑)
でもほんまその通りやと思うし、「なんでもできる必要もない」と私は思ってる。
この説明する時にいっつもカレー作りのお話をする私。
真剣に話せば話すほど、最後笑い話みたいになってまうから、先に念押ししとくけど、、、私、ド真剣ですからね!
まず、カレーを作って食卓に出すってゆ~シチュエーションをリアルに想像してほしい。具材を切ったり、炒めたり、煮込んでナンダカンダ美味しくする(雑w) 。このミッションを達成するには、めちゃくちゃたくさんの工程と、それぞれの役割に特化した「道具」がいる。

野菜を切るのは【包丁】
込むのは【鍋】
カレーをよそうには【お玉】
ここで再確認したい事実は、コレ↓
野菜はお玉では切れない!頑張ってトライしても結果は大惨事になる!だけ(笑)
「当たり前やん~!」
って笑ったアナタ!その感覚を頭に焼き付けたまま、更に想像してみて?
お玉で野菜を切ろうとしたらどうなるかを。
一生切れへんか、無理やり力を込めて叩き潰して大惨事か、、、、、どっちにしてもアホらしくない?(笑)
逆に、包丁の面を使ってカレーをすくおうとしたって、1滴もすくえへん。
これも想像したらカオスすぎて、、、絶対やらんよね?(笑)

もはや「お玉のくせに野菜も切れんのか!」「包丁のくせにカレーもすくえんのか!」ってキレる奴がいたら、ただの狂人やん。
このアホみたいなカレークッキングのイメージが強烈すぎて、本題忘れそうになるから、なんでこの話してるかって言うと、
能力的にできないもんは、できないのよ!やる気の問題じゃなくて!
要は、ADHD/ASDの子に「お前なんで出来へんねん?」って責めるってことは、お玉に「お前なんで野菜切れへんねん!」って、自分が野菜シレっと切れる包丁がマウントとってバカにしてて、お玉はお玉で「なんで俺野菜切れへんのや・・・・」って、「カレーすくえる」ってゆ~包丁には絶対できない事ができるという「自分の特別な能力」すら忘れて、ババ凹みしてるのと同じやって事。
「普通の人はなんでもできる」は神格化しすぎ
ここが、発達特性で悩む子のありがちな落とし穴というか、、、過度に劣等感を感じてしまう理由やと思うねんけど。「普通の人は、何でもできる」の大前提で話進めてない?だから、「いろいろできない」「○○しかできない」って、「苦手」や「できない」自分のことを、劣ってるダメ人間みたいに、感じてしまってるんじゃないかな、って思う事が多い。
集中力ありまくりで同時にアレコレできる=なんでもできる
段取りも完璧!常にオンタイムに作業が終わる
また、カレー作りで例えると、、、(しつこいw)
野菜も切れて、カレーもすくえる「すげぇ万能調理器具」みたいに思ってない?こんな感じか?↓

見たことね~よ!こんなもん!(笑)
それ、もう「普通」じゃなくて、
普通以上のハイスペック調理器具
やから(笑)
普通の人は、空気もマッハで読めるし、仕事も人間関係もノーミスでこなす……。 つまり、野菜もきれいに切れるし、カレーも一滴もこぼさずすくえるハイスペック調理器具みたいに見て、勝手に「自分はただのお玉」だと、比べて凹んどる。。。。
あんな、、、、そんな何でもかんでもそつなくこなす奴、現実にそんない~ひんで。百均(普通の代名詞)で、こんなん↓みたことある?

これ、「普通」ちゃうから(笑)
普通以上のバカ高いハイスペック調理器具やから!!
せっかく張り切ってイラスト作ったから、もっとゆ~たろか?(笑)
仮に、野菜も切れて、カレーもすくえるってゆ~「アレもこれもできる」万能調理器具があったとしても、【便利=すげぇ=無敵】じゃない。
今回のこの一見ハイスペック調理器具、「めっちゃ急いで慌ててる」てゆ~条件下で、うっかり包丁部分のキャップするの忘れて、パッと握ってカレーすくおうとしたら、普通に手ぇ切れて大事故(笑)

要は「何でもできる人」にも、弱点や危険性はあるから、「○○な条件」って環境が変わったら「できない」より大惨事を生む可能性だってある。
「何でもできる」=すげぇ勝組ではない!から憧れんでいい。
もはやさ、、、「お玉だったらキャップの必要がそもそもいらん」ねんから、この万能調理器具より「お玉でカレーすくえば良かったじゃん・・・」ってなるやんか?
だから、コレしかできないじゃなくて、「コレができる!」って限定されてる時が強い時もある!のよ
全部できる人になろうとしなくていい。
お玉が「カレーがすくえる」ってゆ~能力1個あるだけで、ちゃんとカレー作りに活躍の場があって、必要不可欠と思われてるように、ADHD/ASDの子だって、「できない」「苦手」ばかりに目を向けて、自分を卑下しんと「できる事」「得意な事」に自信を持って、堂々としてて欲しいのよ。

無理して万能調理器具にならなくていい!
ADHDでも。
ASDでも。
IQ90でも。
グレーゾーンでも。
それだけで、アナタの人間としての価値は決まりません。人間って、アレもコレもできるスゲェ能力が「偉い」とか「カッコいい」んじゃなくて、「自分ができる事で誰かと協力しながら生きられるか」の方が大事やと思う。
無理して、万能調理器具になろうとして、「やっぱ無理、、、ぴえん」って心をすり減らさなくていい。
お玉がお玉なりに、「カレーをすくう」時だけ、頑張る!も立派な「チームの一員/欠かせない役割」やん?
だから、アナタも出来ないことに凹むよりも、自分ができる事を精いっぱいやってみる!ってところをまずは大事にしてほしい。
ただし、
「ADHD/ASDなんで、できなくてしょうがない!だから許して!あなたやっといて!」の言い訳や免罪符にするのは「嫌われる理由」「干される理由」になってしまうから要注意!
実際、ここ間違えて、実際に友達や職場で自ら居場所をなくしてしまってる子、めちゃくちゃ多い。
「苦手を認める」と「できる事を頑張る」は、セット!
例えば、「私、お玉なんで野菜切るの苦手なんで、そこ助けてください!その代わり、私は盛り付け頑張ります!」だとしたら、包丁も「おっしゃ!分かった!俺野菜切るから盛り付け頼むで!」って、お互いがお互いの得意技で協力できるので、チームワークとして成り立つ。
でも逆に、「私、お玉なんで野菜切れませんから、料理に参加しなくて、遊んでてもいいですよね?あとは皆さんでなんとかしてください」って、「苦手」を「やらない完全放棄の理由」に使ってしまった瞬間、周りに「アイツ、、、ナメてる」って嫌われる。。。

「苦手を分かってもらう」目的は、「やりたくない事をやらなくてよくなる正当な理由づけ」じゃない。あくまでも、それぞれが無理なく「できる事を担当する協力体制の話し合い」の為だってとこを忘れると、アナタの事を最初は「分かってあげたい」って寄り添ってくれた人にも、いつか愛想つかされて離れられてしまうから、自分に出来る事を頑張る真摯な姿勢は諦めないで欲しい。
最後に:カミングアウトは「誰にでも」しなくていい!
「ADHDって病院で言われたんですけど、友達や先生、職場やパートナーにカミングアウトした方がいいんですか?」
って、当事者さんや、近親者さんから、相談される事も増えましたね。私の個人的な意見ですが、
誰に言うかは、アナタの心が決めればいい
と思っています。「仲いい人には、言わないと騙してるみたい、、、後ろめたい、、、」みたいな感情をよく聞くんやけど、仲いい=なんでも共有する、みたいな方程式で生きてる子たち多いけど、仲いいからって全部ひけらかす必要はないし、「言わない事がある」=「やましい隠し事」みたいに思わんくていいと思う。
発達特性は「心の秘宝」くらいに扱って
ADHDかもしれない。ASD傾向があるかもしれない。その不安って、アナタっていう人を深く理解して、信頼関係を構築する中でとても大事な情報(本音)くらいに思ってていいと、私は思ってる。
ゲームの攻略本ってめっちゃ特別で大事じゃない?入手できてしまったら、スムーズにゴールに向かえる。だからライバルには見せたくないやん?あの感覚やと思ってほしい。
世の中には、特性を偏見でしか見ない人や差別的な人も実際にいる。アナタとハナから仲良くする気はなくって、自分の自己顕示欲や承認欲求を満たす為だけに、「お玉に、お前野菜切れへんのけ、カス~~~」みたいにイビってくる理不尽な包丁みたいな奴、いる。そんな相手に、アナタの心の大事な部分をわざわざ説明してやる必要なんかない。そんな人達は、むしろアナタの価値を知る資格なんてない!
ってそれくらい「自分の大事な部分」として丁寧に扱っていいと思うの。
だって、私も自分で「コレ、教えてあげたら、私を扱いやすいやろうなぁ。」っていう攻略秘訣、持ってるけど、、、絶対、他人に教えてあげへんもん(笑)
教えても〜たら、まんまと悪いやつが「私の扱い上手くなって」巧妙な詐欺とか仕掛けてきたら、、、私、まんまと騙されて痛い目みるかもしれんやん!絶対嫌、そんなん!
あと「全部話さなくても仲良い友達はできる」って確信してるのは、私、親友にだって仲良いからって、何でもかんでも話さないし、2、3ヶ月連絡途絶える時だってめっちゃあるから。
共有する感情もめっちゃ少ない。秘密主義やから。ただし、腹の底の、心の奥の1番大事な2割(攻略秘訣)を受け取ってもらってる。
「全部」じゃないし、「いっぱい」じゃないけど「すごく大事なちょこっと」を分かってもらえてるだけで、心強いし、安心できる「居場所」がある。
このスタンスと距離感でも、おかげさまで、ちゃんと仲良い友達いっぱいいる!
こんな感じの私でも「幸せだな」と思えるし、そこそこちゃんと生きれてる。
だから、もし、アナタがカミングアウトをしない選択をしても、大丈夫!居場所も居心地の良さもちゃんと作れるカタチはある!
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