Arts in Everyday 2025-ジョン・ケージとオノ・ヨーコ
プログラム
◯ジョン・ケージ「0'00"」 西村直晃
◯オノ·ヨーコ:「グレープフルーツ」より 身体バンド水面下(Osono、青沼沙季、吉沢楓)
ウォール·ピース·フォー·オーケストラ
タッチ·ポエム·ピースV
ウォーター·ピース
ランドリー·ピース
シティー·ピース
ライン·ピース|
ライン·ピースII
ライン·ピースIII
ビート·ピース
ウォーター·ピース
ポイス·ピース·フォー·ソプラノ
ツナフィッシュ·サンドウィッチ·ピース
◯ジョン·ケージ:「4分33秒」 横山博
◯西村直晃:「市井のチャンス·オペレーション」
◯ジョン·ケージ:
「アリア」 青沼沙季
「フォンタナ·ミックス」 西村直晃
「ソロ·フォー·ピアノ」 横山博
(3曲を同時演奏)
◯オノ·ヨーコ:「カット·ピース」 横山博
オフィス·ゼロ主催
ジョン・ケージとオノ・ヨーコ両氏の作品による、示唆に富むプログラム。
0’00"…西村氏はリンゴを齧り、髭を剃り、歯を磨き、と朝のルーティーンを実施した。微かにハウリングが聴こえ、指示に忠実であることが実感される。日常の行為の中でわたくしたちが実にさまざまな音を出していることがよくわかる。4'33"は演者も聴衆も音を聴くことを軸とするが、本作は演者が音を作り出すことを基点とし、その音を演者も聴衆も深く聴くこととなる。
Grapefruits…水面下のお三方による、程よく緊張感のあるステージ。3人とも身体の動きがよく磨かれていて、どの瞬間も説得的である。身体の奏でる音楽というべきか。
「打つ」(WALL PIECE)、何かに「触れる」(Touch Poem)、「線を引く」(LINE PIECE)、「叫ぶ」(VOICE PIECE FOR SOPRANO)、「歩く」(CITY PIECE)、「(心臓の鼓動を)聴く」(BEAT PIECE)、「食べる」(TUNAFISH SANDWICH PIECE)など、簡潔なテクストがある動作を指示し、演者はその通り実行する。指示は時として突拍子もないものだったりする("Hit a wall with your head."(WALL PIECE)など)。けれども動作そのものはごく基本的・日常的なものである(それもあって原テクストは英語の命令形が潔く感じられる)。
"piece"とは、音楽の「一曲」をあらわすのだけれど、同時に「一部分」でもある。例えば"break something into pieces"は「粉々に壊す」ことだけれど、"元は一つ"であることが意識されているのではないか。つまり、それぞれの作品が日常生活の「一部分」という意味合いも帯びていると思われる。
本作において試みられているのは日常の動作・所作をそのまま表現の場に持ち込むことではないか。他方、その場を経験した演者も聴衆も日常に戻った時には当該の動作が何かしらの表現たりうることを意識せざるを得なくなる。すると、先ほどとは逆に表現が日常へと侵入することとなる。このように本作は二つの場の境界を曖昧にする試みであったか。西村氏が朝のルーティンを選んだこととも響き合う。
幕間には横山氏のピアノ(ケージ「夢」)、西村氏のノコギリとのデュオによる演奏があった。
4'33"…"これから起こること/起こらないこと"をその場にいる全員が了解した上でこの作品に向き合うことの意味というのは、改めて考え直す必要があるんだろうな、などと思いながら聴く。今回もブランクのシートを用いての演奏。
西村氏作品…医院の一週間の診察スケジュールを示す表、鳩たちの留まっている電線など、町なかのいろいろなものを楽譜に見立てて演奏していく。「モンドリアンの絵画風」の看板を、クセナキスのノーテーションを援用して図形楽譜として読む試みも。また、木目を楽譜として読んだケージの「カリヨンのための音楽」を、あらかじめプログラムしたトイ・ピアノで演奏したりと、西村氏の取り組みが豊富な実例とともに紹介された。
後半では、音源+実演付きで10分ほどの作品が披露された。
作品の冒頭部分では、医院の診察スケジュールをリズム譜に見立てて打楽器で演奏していた。また、山手線外回り電車の7人がけ席を鍵盤楽器のド〜シの白鍵とみなし、乗客が座った席は弾く、空いている席は弾かないこととして、オルガンで弾いていく場面もあった。ちょっとライヒの「フォー・オルガンズ」のような音もする。しかし、ライヒ作品が純粋に和音の音価が延びていくプロセスによるのに対し、本作は奏される音が確実に実世界と繋がっているところがおもしろい。
ほかに、ホームレスを排除するために置かれた大きな岩の輪郭をケージの「龍安寺」と同じようにトレースし、スライドホイッスルで演奏する部分もある。
ケージが「龍安寺」で実践したのは、世界の姿を可能な限りそのままに音楽の形に落とし込む営為の一つだと個人的には理解している。ケージにとっては自身の身につけてきた西洋音楽の書法や奏法のみが道具である。だから最後まで西洋楽器を使い続けたし、西洋流の記譜も行い続け、そして西洋音楽のトレーニングを受けた音楽家たちに作品のリアライザーションを委ねた。西村氏は、ケージが志向した(とわたくしが解釈している)ものに近い音楽を至極真面目に実践している。だけれど、その姿勢は実に軽やかで、拝見していて楽しい。
「アリア」「フォンタナ・ミックス」「ソロ」…「同時演奏」はかつてケージがしばしば自作を用いて実践していた形態で、このことばに接するのは久しぶりな気がした。
青沼氏のパフォーマンスはさまざまな声音を巧みに使い分けての見事なものだった。そのため、「アリア」が中心になって、ほかの二者を牽引する形となった。横山氏のピアノもなかなかに尖った音だったのだけれど、西村氏による「フォンタナ・ミックス」が音量も素材のチョイスも控えめだったのが残念。同時演奏においては3つの音楽が完全に対等に、かつ全く独立に進行し、時には互いに牙を剥き合うくらいの苛烈さがあってもいいと考える。その中で思いがけない響きが生まれることが主眼であろう。些かもったいなかったと感じた。
「カットピース」…自ら鋏で蝶ネクタイを切った横山氏が会場中央の椅子に腰をおろす。そばには何本もの鋏が置かれ、聴衆が次々に横山氏のところへ行っては、衣服を切り取っていく。
通常、舞台での演者は何かしらの行為をおこない、聴衆はそれを視聴する。本作では演者はただじっと座って、なされるがままにしているだけである。その一方で聴衆に能動的に動くことを求めることにより、役割の反転が企図されている。伝統的には「不可侵」であるはずの演者の舞台衣装がずたずたに切り裂かれる。舞台と客席の間の境界を決壊させることが狙いだったのだろう。
また、ここでの"PIECE“は「元は服の一部であったもの」の意味でもあろう。切ったPIECE聴衆が持ち帰ってもよいという点も眼目ではないか。聴き手自身がパフォーマンスに参加した証を、日常に持ち帰る。それによって、微かに日常が異化される。その辺りにも作者の意図の一端があったのではないか。
今回の目的はタイトルにあるフレーズ"Arts in Everyday"が示す通りだったとおぼしい。日常と、表現の場としての舞台、両者を交錯させ、境目を曖昧にする。ケージ氏とオノ・ヨーコ氏が志向した道筋を、いろいろな形でみせてくれるひとときだった。演者は皆巧みかつ自然体で、聴衆もゆっくりと、しかも深く味わうことができた。
総合演出:西村直晃
音響:國府田典明(國府田商店株式会社)
音響指導:村井啓哲
照明:植村真
舞台設計:福田真太郎
舞台監督:川口眞人
美術:村上美知瑠
衣装:村上美知瑠
アートディレクション:村上美知瑠
写真:高良真剣
記録映像:白岩義行
エンドロール制作:金子良
フロントスタッフ:
吉田幸恵
小島万美子
塩山香織
水嶋未来
展示販売:GALLERY360°
写真提供:吉岡久美子/撮影:吉岡康弘(1962年ジョン·ケージ初来日の模様·許可を得て使用しています)
資料提供:一般社団法人草月会
慶應義塾大学アート·センター(小野洋子演奏会の記録·許可を得て使用しています)
会場使用椅子:
PROX 座れる超スケスケバケツ 13L
座布団(アートディレクター私物)
フリッツ·ハンセン社製 セブンチェア(アルネ·ヤコブセンデザイン/デンマーク製/ヒルサイドテラス備品)
スコア投影:
Yoko Ono: grapefruit/ Copyright © 2000 by Simon & Schuster
John Cage: ARIA/ Copyright © 1958 by C.F. Peters Corporation-Faber Music 許可を得て使用しています。
John Cage: FONTANA MIX / Copyright © 1958 by C.F. Peters Corporation-Faber Music 許可を得て使用しています。
特別協賛:川村龍俊
協賛(順不同·敬称略)
南雲道朋 木村由紀子 新見聡 塩飽喜子 大平裕 亀井万紀子 高田けせら 高橋健一 Kortunova Olga 高橋新奈 高橋杏杜伶 山ノ井トシ子 小杉和敏 川崎愛久 庄野泰子 宇都宮短期大学附属高校音楽科
アロマトリートメント&マタニティ "Gemini"
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京【東京ライブ·ステージ応援助成】
公益財団法人朝日新聞文化財団
協力:ヒルサイドテラス(朝倉不動産株式会社) GALLERY360° OMEGA POINT 株式会社プロックス WACOAL MEN
衣装協力:株式会社ワコール、スパイラル/株式会社ワコールアートセンター
(2025年5月11日 代官山・ヒルサイドプラザ)
