カンボジア・シェムリアップの遺跡と美味しい物の旅その5〜バンテアイ・スレイとバンテアイ・サムレ
2024年末、HISのツアーでカンボジア、シェムリアップに娘と2人で行ってきました。その5はシェムリアップ中心部から少し離れた2つの遺跡を巡ります。
その4はこちら
ツアー3日目。今日の夜便で早くも帰国だ。本日最初の観光地は、バンテアイ・サムレ。
シェムリアップ中心部からは20キロほどの場所にある。街を離れると、木々の中に高床式の民家が見られるようになる。私がイメージしていたカンボジアそのものだった。ガイドさんによれば、郊外はまだまだ貧しい暮らしの人も多いとのこと。


私たちのツアーでも立ち寄りました

駐車場近くには、露店が多く立ち並んでいたが、7〜8歳くらいと思われる子供が何人も、おみやげを片手に声をかけてくる。家業のお手伝い、というよりは、労働力そのものとして「働かされている」という表現の方がふさわしいようだった。
そういう姿を見ると、やはりまだまだこれから発展していく国なのだな、と少し心がざわざわした。



バンテアイとは「砦」という意味で、かつてこの辺りにすんでいたサムレ族の砦なのだそう。アンコールワットの造りとよく似ており、小アンコールワットと呼ばれることもあるらしい。
それほど広くない敷地の中、しっかりとした外壁の中に入ると、砦と呼ぶにふさわしい要塞のような建物が並んでいた。

屋根の上の突起が、敵を寄せ付けない要塞感を出している



バンテアイ・サムレはアンコール遺跡群の中ではマイナーな場所のようで、観光客が少なく静かだった。そのため、1つ1つをゆったりと見ることができた。
続いて向かったのは、バンテアイ・スレイ。

バンテアイ・サムレがサムレ族の砦だったので、今度はスレイ族の砦かと思ったら、スレイとは、「女」の意味だった。というわけで、こちらは女の砦。女兵士のための砦とも、繊細な彫刻の赤い建造物が女性らしいから、という説もあるとか。


バンテアイ・スレイは、アンコール・ワットなどよりも古く、10世紀半ばの建造。また、王によるものではなく、王に仕えていたバラモン(高僧)とその弟によって建立された。アンコールワットなどに比べて規模が小さいのは、王に配慮しているから、とも言われているそうだ。
アンコール朝の衰退と共に忘れ去られること1000年。何と1914年になって再発見された遺跡。
均整のとれた建物がバランスよく配置され、またレリーフの細かい装飾などが豊富にあることなどから、「クメールの至宝」と呼ばれることもあるとか。
アンコール・ワットやアンコール・トムの無骨な黒い石造りに対して、赤い尖塔はどこか温かみがあり、数多くの美しいレリーフが花を添えていた。



流暢な日本語のガイドさんでした
こちらの遺跡は、他の砂岩より硬い性質の赤色砂岩でできており、細かい彫刻がほりやすかったとか。アンコール・ワットやアンコール・トムのレリーフに比べると、1つ1つの彫りが深く細かく、形がはっきりとわかる。

「マハーバーラタ」の一場面

そして何といってもこちらで有名なのが、美しいデバター(天女)の彫り物。優美な立ち姿が立体的に彫られており、周囲も細かい模様で華やかに飾られている。中には、「東洋のビーナス」と称されるものもあるとか。

バンテアイ・スレイは、アンコール・ワットやアンコール・トムに比べるとこじんまりとはしているが、見どころ満載で素晴らしい遺跡だった。そして、1000年以上前のものとは思えない保存状態なのにも驚いた。
これにて、アンコール遺跡群の見学は終了。それぞれに違った魅力があり、とても楽しかった。ちなみに、私の印象に残ったランキングは、
1位 タ・プロームの寺院の廃墟感
2位 アンコール・ワットの第一回廊の長い彫り物
3位 アンコール・ワット第三回廊への急な階段
特別賞バンテアイ・スレイのレリーフ
※あくまで個人の見解です😅
この日は遺跡への道中で農村を訪れ、また街歩きも少し楽しんだので、次回はそちらを書いていきたいと思います。
本日もお読み下さり、ありがとうございました。
