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見せびらかす勇気がないから、レベルソを選んだ。

「フェラーリを買った。でも乗るのは夜だけにしている」

僕自身は車に全く興味はない。
だが、都市部ではない地で経営をされている方から、似た話はよく聞く。
車が大好きで、吟味に吟味を重ねて子供の頃から憧れていた車を手に入れた。けれど昼間は軽ワゴンに乗って、誰にも見られないようにガレージから夜中に出す。それはたぶん、見栄を張りたくないということもあるのかもしれないし、「地域の皆さんに嫉妬されたくない」というなんか色んな思惑がおり混ざった感情なのかもしれない。
もしくは、「金を使うなら、世間様に迷惑をかけないように、こっそりと」という、自営業者的な倫理観かも。


贅沢を“隠す”という振る舞い

中小企業のリアルは、派手じゃない。派手に見せた瞬間に、信用が削れることもある。地味であれ、慎ましくあれ――それが昭和から続く「中小企業の社長」の基本姿勢だったりする。だから、たとえお金を持ったとしても、“見せない”ことに美徳が宿る。

現実世界だけでなく、SNSで自慢するような行為は軽薄に見えるだけじゃなく、「足元をすくわれかねない行為」でもある。
最近報道された札幌の某企業一家の事件を見て、そう痛感した人も多いのではないか。時計、車、レストラン、ファッション。あらゆる消費行動が「マウントの材料」あるいは「ネットのおもちゃ」になっていた。
経歴/実績と見た目は切り離して評価されることが理想ではあるが、まあちょっとイカつすぎたね……。


“語らなければ伝わらない”時計

そんな中で、僕はジャガールクルトのレベルソを使っている。これはサラリーマン時代、漢のボーナス一括払いで買った時計だ。当時の価格は新品で150万円前後だった記憶があるが、今では250万円を超えているらしい。
あのとき思い切って買っておいて、本当によかったと心底思える。

これは、「投資的価値」の話だけじゃない。
“語らなければ伝わらない”贅沢に、当時の自分が賭けたという実感が、今の満足感に繋がっている。

シルバーかピンクゴールドかでやたら悩んだことは良い思い出。

経営者という立場とレベルソの親和性

経営者にとって、「過度に語らない」という選択は信頼に直結する。
社員に不安を与えず、家族に誤解を与えず、世間に過剰な嫉妬も与えない。

その中で、レベルソのような「自分だけが知っていればいい贅沢」は、ちょうどいいのだ。(たまに知っている人から指摘されるとちょっとほくそ笑むのだが。)

「クワイエットラグジュアリ」なる概念がファッショントレンドになっていくらか経ったらしい。それとはまた趣が違う気もするが、“自分だけが価値を知っていればいい”という精神性には、レベルソも通じるところがある。

たとえばCOMOLIのようなシンプル目のドメブラもそうだし、単純なロゴドンじゃないハイブランドのミニマルな服にも似た空気がある。
「わかる人だけがわかる」ことを前提にしたアイテムたちは、どれも主張の奥に知性と矜持を忍ばせている……ような気がする。


ポケットの下にちょっとした自慢を忍ばせる喜び的な

お金持ちが身にまとうブランドロゴの嵐や、めたくそ主張の強い時計を見て、胃もたれしそうになるときがある。あの眩しさに比べて、レベルソの地味さは心地いい。「語らなくても、わかる人にはわかる」というその構えは、どこかで“余裕”を感じさせる。

この時計は、何かを誇るためのものじゃない。
見せびらかす勇気がない。
語るのがなんだか照れくさい。
袖の下にそっと大事なものを忍ばせてる感覚が、気持ちいい。

まあでも山でヤッホーよろしく、インターネットの海でキモい一人語りをツラツラ述べるくらいは、いいでしょう。

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