【日記】今日会った人 アイデンティティ 子供にどう生きて欲しいか
今日は3人の人と会った
みんな明るくて 良い人達だった
私はどれくらいその人たちに認められてるだろうかという不安がある
その人たちとどれくらい長く付き合えるかとか
その人がどれくらい自分を受け入れてくれるだろうかと
今よりもっと辛かった時の過去の自分は
この人達には興味がなかったし
そういう記憶もほとんどない
優しいけれど、
こちらから感覚が通じることのない人達だった
私のアイデンティティはどの範囲だろう?
辛かった時の私
今の自分を選んできた私
総合的な判断の結果、ここに辿り着いてきて
これが自分らしい自分かと言われたら
それはどうにも答えづらい
自分らしく生きろなんて
生まれの悪い人には残酷な言葉だ
全てを吸収した幼少期からそのままただ生きてしまったら、
それが自分らしい自分なら、
今の生活は絶対手に入らなかった
今ある選択肢はなかった
精神的に不健康なことは
本当に変えるべきことなのか?
それは社会のためでは?
私はたまたま、
自分で人生を閉じることと
生きるなら幸せに生きるという二択から
後者を選んだだけで
前者を選ぶ人にたまたま生まれなかっただけだと、思っている
だけどそれはあなたが不健康だから
そう思うのですと言われたら
それで終わる話
どう確かめればいいのか?
何のために考えるのか?
何のために生きるかを考えなくていいように
たくさんの食べ物とたくさんの服と
創作物と芸術と音楽と自然があって
消費して消費して古くなって終わる。
不思議なのは自分はこう考えてることを
子供に話したくない。
子供には、こんな風に考えて欲しくない。
ずっとずっと、笑って欲しいし、
また笑うために、泣いたり落ち込んだりして
これで良かったと思いながら、生を終えて欲しい。
