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ヤングケアラーについて考えてみた話

私は音声配信Voicyのリスナーです。
今日は「特別支援の本棚」さおりさんの放送を聴いて思った事を書こうと思います。

その放送はこちら。

実は私は、元ヤングケアラーです。

ヤングケアラーとは何か、と言うことについて、子ども家庭庁のホームページに載ってましたので載せておきます。

私は、ヤングケアラーの事が社会に認知される事は大切だと思うし、改善していって欲しいと思っています。そして、さらに踏み込んで「ヤングケアラーを生まない社会にするために考えよう、動こう」という考え方が広まって欲しいと思っています。いろんな社会課題のシワ寄せが、最終的に一番弱い立場の子どもにいって、ヤングケアラーが生まれるのではないか、と思うからです。

私が何故ヤングケアラーになったかというと、
ざっとまとめてしまえば
父親のDVのせいで母親が常に寝込んでいて
両親の離婚成立後も養育費の不払い問題に巻き込まれてしまい
母が非正規雇用の仕事しか採用してもらえず困窮していた事があったからです。

私は一人っ子ではないので、全ての事を1人で担っていたわけではありません。分担してやっていました。それでも、大人になった今、客観的に見て「子どものやる事じゃないよな」と思います。

子供の頃の私が毎日何をしていたか、といえば

朝起きて
家族の朝ごはんを用意する
洗濯機を回す、干す
学校にいく
帰宅後、買い物にいく
夕飯を作る
洗濯物を取り込む、畳む、仕舞う
夕飯を食べたら洗い物をする
お風呂の準備をする、入る
宿題をする
それから寝る

です。掃除は時々。

毎日父親の帰宅後、怒鳴り声と暴力に怯え
寝られたと思ったら両親の喧嘩の声で目が覚め、布団の中で姉妹で身を寄せ合いながら終わるのを待つ。そんな毎日でした。10歳くらいからずっと、そういう生活をやっていました。

「学校に行く」の後に「祖父母の家に行く」が加わる事もありました。週の半分くらいは学校の帰りに立ち寄ってましたね。祖父母は私達姉妹の心の安全基地でした。

11歳で一番下の妹が生まれ、毎日世話もしていました。夜中に起きてミルクをあげたり、オムツを替えたりお風呂に入れたり。

母が何をしていたかといえば、基本的に寝込んでいました。身体中あざだらけ。救急車で運ばれていく母を泣きながら見ていた事も何度もあります。体調がいい時に家事をやってくれた事もありますし、朝、お弁当を作ってくれた事も何度かあったかな。おにぎりだけとかなんですが。身体がしんどい中で、頑張って作ってくれたんだと思います。朝ごはんとお弁当を作ってくれた母親を見て、嬉しくもあり、起きて大丈夫かな、寝てて良いのにな、と思った事もあります。

父親は仕事に行って、帰ってきて何もせず、お酒を飲み、怒鳴り、母親を罵倒し、気に入らなければ殴り、お皿を投げ、酔っ払って寝る。そんな人でした。

両親の離婚成立時、私は高校生だったのでアルバイトを始め、お給料の半分以上を生活費として母親に渡していました。22時まで働いて、帰って宿題。高校3年生になったら受験勉強も加わりました。よく倒れなかったな、と思います。

「そんなに働いて何に使ってるの?」とバイト先の先輩に聞かれ、正直に「生活費のために親に渡してる」と言ったらドン引きされました。
別の人に聞かれた時に「ちょっと欲しいものがあって」と濁したら「無駄遣いしちゃダメだよ」と言われました。隠れて泣きました。無駄遣いなんてしたことなかったから。

大学入試の1週間前までアルバイトをしていたときも
「入試を舐めるな」「帰って勉強しなきゃダメだよ」と先輩に言われました。
「勉強したい。でも入学金を貯めなくちゃ。家族の生活費も稼がなきゃ」と、当時の私は必死でした。
受験生だったけど、勉強だけなんて出来なくて。働かないと、生きていけなくて。働かないと大学に行けなくて、ここから抜け出せなくて。

「はい」と言って22時まで働いて、更衣室で泣きました。ポロポロポロポロ、涙が止まりませんでした。「頑張らないと」そう思って涙を何とか引っ込めて帰宅しました。

だって、誰も助けてくれないんだから。
自分で頑張るしかない。

父親から養育費を取ってきてくれる人が、誰かいるのか。
あんなに怖い思いをしてたお母さんに「お父さんに連絡して養育費を払うように言ってくれ」なんて言えない。
自分だって会うのが怖い。

自分で頑張るしかないんだ。
働かないと。
頑張れ頑張れ。

挫けそうになるたびに、自分で自分を励ましていました。

これは、私がヤングケアラーだった日々の「当たり前の生活」のほんの一コマです。

私の事例だけでも、いろんな社会課題が見えませんか??

DVの事とか
男性の家事•育児の参加の事とか
非正規雇用とか賃金格差とか
ひとり親家庭の事とか
養育費の不払いとか
子どもの貧困問題とか
子どもの体験格差の事とか

どれか1つ、何か1つでも違ったら、
もしかしたら私はヤングケアラーにならなくても済んだのかもしれない。あるいはもっと負担が少なくて済んだのかもしれない。

私はさおりさんの放送に出会うまで、障がい児育児•きょうだい児について、全くの無知でした。
さおりさんが暮らしの中で出会う社会課題もまた、複雑に絡み合っていると思いました。家族だけで解決するって凄く難しいと思います。

「家族で支え合って、素晴らしいね」
「頑張り屋だね」
「強いね」
「私には出来ない」
「選ばれたんだね」

私も散々言われてきました。
違うよ。

全然、何も分かってないよ。

いろんな問題の歪みが、シワ寄せが、一番弱い立場である子どもにいって、ヤングケアラーが生まれるんだと思います。
「ヤングケアラーを生まない社会にするために考えよう、動こう」という意識がもっと広がって、様々な社会課題が解決していけば良いな、と、かつての当事者としては思うのであります。

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