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短篇連載「沙流川往来」②
② 川との再会
翌朝、原藤は夜明け前に目を覚ました。習慣となった早起きは、建築現場での長年の経験から身についたものだった。簡単な朝食を済ませ、女将におにぎりを握ってもらい、釣り道具を担いで宿を後にした。
沙流川の上流域、幌尻岳の麓に近い渓流ポイントまでは、林道を車で十五分ほどだ。朝霧に包まれた森は幻想的で、聞こえるのは鳥のさえずりと遠くで響く川のせせらぎだけだった。
「やっぱりここはいいな」
車を降りた原藤は深呼吸をして呟いた。東京の汚れた空気とは比較にならない。清浄な森の香りが肺を満たす。針葉樹の樹脂の香り、湿った苔の匂い、そして微かに感じられる花の香り。都市生活では決して味わえない、自然の豊かさがそこにあった。
目的のポイントに到着すると、原藤は慣れた手つきで準備を始めた。渓流釣り歴十五年の技術は衰えていない。毛鉤を結び、ラインを調整し、ロッドの感触を確かめる。この一連の動作が、彼にとって瞑想のような効果をもたらした。
川幅は広いところで十メートルほど。両岸には岩が点在し、その間を清流が踊るように流れている。水は透明度が高く、川底の石まではっきりと見える。時折、魚影がきらめいて見えた。
最初のキャストを川の上流に向かって放つ。毛鉤が水面に静かに着水し、流れに乗って下流へと向かう。この瞬間の集中こそが、原藤にとって最も価値のある時間だった。
午前中は小さなヤマメが数匹釣れた。型は小さいが、野生魚特有の美しい模様と引きの強さは十分に楽しめた。昼食の握り飯を食べながら、原藤は久しぶりに心からの充実感を味わっていた。
しかし、その平穏な時間は突然終わりを告げることになる。
