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いま心で感じていることの全てを正直に言語化します。~生きるすべをあなたに~人生は敗者復活戦有料記事リニューアル再販開始します~

~はじめに~


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いつも、皆さん、ありがとうございます🥰

いろんな出会いを重ねていく中で、1つでも多くのご縁を大切にしたいものです🤝


私のこれまでの出会いを紐解くと、すごく共通点のある方々達がいます😄

初めから、ご縁は、そう強固なものになるわけでもなく、出会いと別れを繰り返していくうちに、歳を重ねていくごとに強固なものとなってきたように思います💝

こんな私に少しでも興味を持って下さる方がおりましたら、スキやフォローの方お待ちしております🤝

私は、ウェルカムです🧸


今日は、いま心で感じていることの全てを言語化したいと思います。

これまで私は、毒親育ちだということを沢山の記事で伝えきました。

今、正直、怒りと悲しみが湧いてきています。

毒親育ちというのは、私にとっては、悪影響そのものだと考えています。

でも、逆に、神様は、私にその経験をさせたいから、自分の母親を家族を毒家族として作り出し、私の人生に経験させたのではないかと考えることもあります。

心理的虐待にしろ、DVにしても、どんな虐待も子供の時代にそのような辛く悲しい苦しい思いをさせることはいけないことです。

許されていいはずがありません。

そんなことをした人は、裁かれてほしいと思うのも事実です。

心理的虐待は、心の傷だから、身体的虐待のように、目で見て傷を確認できるほど簡単なものではありません。

心の傷は、目で見えない。

心は、開けてみることが出来ない。

どんなに、その辛さを苦しさを悲しさを被害を受けた当事者が訴えても、「作り話をしているのではないか」と思われることだってあるでしょう。

「どこに証拠があるんだ」なんて言われても、物証的な証拠がないから、仮に裁判になっても負けてしまうでしょう。

心の殺人と私自身そう呼んでいますが、それこそ、もっとフォーカスされるべきだと今でも思います。

でも、毒親に育てられ、毒家族の経験をしてきたからこそ、これからの人生に厚みと人生を送るうえでの真剣さ・自分が相手に対しての優しさを手に入れたのかもしれません。

自分自身、私が言うのもなんですが、すごく優しい人間だと思っていて、

どんなに毒親に育てられ、毒家族の経験をしてきても

自分で言うなら母親をその家族に、怒りをぶつけられないというか

どこにこの怒りをぶつけて良いか分かりません。

怒りをぶつける反面、いまの私の人生の中では、自分らしい生活をするために、毒親・毒家族から一方的ではありますが、距離を取り、絶縁に近い状況を自分自身で選び取りました。

その結果、noeteという居場所を自分で手に入れ、仲間を少しずつ増やし、

共感できる仲間を手に入れ、そして、そんな自分でも、画面の向こう側にいる誰かに、苦しんでいるあなた・悲しんでいるあなた・辛い思いをしているあなた、いろんなあなたに届くような記事を書けるようにまでなりました。

自分では、少しは成長したなと思えるんです。

今までを振り返ると、一方的な感情をそのままに書いている記事も沢山あったでしょう。

自分の気持ちを洗いざらい、このnoteにぶつけていることに、「周りはどう感じているんだろう」とか

「自分の気持ちを洗いざらいnoteでカミングアウトしすぎなのではないか」とか

色んなことを考えるわけです。

それでも、私は私だと割り切ってきました。

自分の気持ちは、ダイレクトにいろんな感情を受け取ってしまうから

他人が悩んでいたり、苦しんでいたり、悲しんでいたりしている人が居たら

自分のことのように感情移入してしまうんです。

それに疲れてしまうこともあります。

霊感も感じます。

この場所は、ゾッとするな・・・とか

この場所は、なんか、怖いなあ・・・・とか

この場所は、なんか、悲しいなあ・・・・とか

この場所は、なんか、頭が痛いなあ・・・・とか

この場所は、なんか、お腹が痛いなあ・・・・とか

この場所は、なんか、癒されるなあ・・・・・とか

色々感じることができるんです。

世の中で起きている悲しい事件の数々や、悲しい事故まで

実にさまざまに心が身体が敏感に感じてしまうんです。

人を一目見ただけで、この人の顔は笑っているけど、目が笑っていないなとか

人を一目見ただけで、この人は、表ではこうだけど、裏では、こう思っているんだろうなとか

細部にまで、分かってしまう時があるんです。

だからこそ、人が怖い。

だからこそ、人に嫌われたくない。

だからこそ、人間不信にもなる。

この人が、今は、味方だけど、明日は、敵になるかもしれない。とか

この人が、今は、敵だけど、明日には、味方になるかもしれない。とか

考えなくてもよいことまで考えてしまい、怖くなってしまうことがあります。

毒親に育てられ、毒家族の経験をしてきたからこそ、色んなことをダイレクトに受け取ってしまうのかもしれません。


そんなとき、Honamiさんの動画に5年前くらいに出会いました。

このHonamiさんも、よくよくこの動画の1つ1つを見ていると、自分に似たところが沢山あるなあと思いました。

私は、Honamiさんの動画を見て、泣きました。

涙が止まりませんでした。

Honamiさんの生き方に強さを感じたからです。

「私もこうしてはいられない」と奮い立たせてくれる瞬間でもありました。

Honamiさんの動画を見れる方は、良ければ、見てほしいなあと思います。

そこに辛いあなたが居たら、悲しいあなたが居たら、苦しいあなたがいたなら、この動画をみることで、心が支えられるかもしれません。

Honamiさんはいま、インドで自分と闘っています。

Honamiさんも強いことを言っているけど、完璧じゃないから、悩むときがあるということです。


皆さんは、1人ではありません。

皆が、沢山の心の中にある葛藤で闘っています。

自分のいま感じている気持ちに蓋をしないで、今感じている気持ちに正直になるほうがいいのではないかと思います。

自分の気持ちに正直になるということは、起伏が激しいとか、そういうことではなく

自分の心の解放をしているのかもしれません。

自分の心に優しくなれたなら・・・・心は喜ぶでしょう。

自分の心に蓋をしていると・・・・・心は窮屈なはずです。

自分は、もう大人だから、子供じゃないから、自分の気持ちに蓋をしなければならないということはありません。

子どもでも、大人でも、年齢に関係なく正直になる、心の解放を進めることは、今のこのせかせかする日常においては、とても大事な時間なのかもしれません。

どうか、皆さん、この世に溢れるたくさんの情報に、SNSの評価に批判に振り回されることなく、自分の心を守っていきましょう。

エゴサーチするのもほどほどにした方が良いかもしれませんね。

自分に優しい言葉をかけてくれる人を大切にすればいいと思います。

自分のことを過小評価するような非難するような人は、大切にする必要もないし、そんな情報は、コメントは、シャットアウトしてもよいと思います。

1番重要なのは、自分の心を守り抜くことです。

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