窓越しから滲む疎外感を感じた10年。
~はじめに~
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いろんな出会いを重ねていく中で、1つでも多くのご縁を大切にしたいものです🤝

私のこれまでの出会いを紐解くと、すごく共通点のある方々達がいます😄
初めから、ご縁は、そう強固なものになるわけでもなく、出会いと別れを繰り返していくうちに、歳を重ねていくごとに強固なものとなってきたように思います💝
こんな私に少しでも興味を持って下さる方がおりましたら、スキやフォローの方お待ちしております🤝
私は、ウェルカムです🧸

~まえがき~
昨日、梅雨入りした東北。
昨日の大雨は、自分の心の中を映し出しているようでした。

こんな感じて、今の自分の心は、泣いているのかもしれない。

心の中には、あんなことや、こんなことを話したいことが、きっとたくさん詰まっているのかもしれない。
そんなものが詰まりに詰まった今、どうしようもないくらいになってしまっている。
東北の北部では、川が増水している。

自分の心の中も、増水しているのかもしれない。
いや、氾濫しているかもしれない。

今まで、話したいことを話しできなくて、心の中にとどめた結果
誰に気づかれることなく、静かに、自分の心の細部にまでしみ込んでしまっているのかもしれない。

誰かに優しくされても、その優しさを優しさと受け取れなくなってしまった。
顔が見えないから、なんか、反応が怖い。
顔が見えると、もっと、怖い。
人間恐怖症なのではないか。そう感じたこともあります。

実家族でも、嫁ぎ先でも、本音を言い合えない関係。
話を聞けば、私を擁護してくれるどころか、相手の擁護が素晴らしい。
自分は、人間ではないのかとさえ感じたことだって沢山ありました。
本音をぶち込めるのは、Web上だけである。
相手の反応なんて、どうだって言い。
相手の反応を気にしていたら、自分が壊れれしまいそうだから。
自分の心の整理をする場所が必要だから。
私には、夢をもったことがない。
将来の夢なんて、真剣に考えてこなかった。
「何をしたいのかすら分からない」
夢を持つことに、なんの意味があるのか。
夢を持てる人間は、何人いるのだろうか。
夢を持てる人間は、夢を持って実現する人間は、幸せ者なんだと思います。
人生を楽しいと思えたことがいまだかつてない。
けど、私には、noteがある。
おかげで、沢山の仲間が増えました。
今が丁度いい居場所です。
誰が、味方とか、敵だとか気にしなくていいから。
皆が仲間だと思えるから。
みなさん、いつも、ありがとうございます。

~窓越しから滲む疎外感を感じた10年~
結婚して嫁いで10年。
この10年は、本当に苦しくて、辛くて、悲しいものでした。
独身人生27年と、既婚の10年の約37年間において
心理的虐待と、1人取り残されたような孤独感との闘いでした。
こちらにある私の記事を読んでいただけば、過去のことは、お判りいただけると思います。
義両親の優しい気持ちの計らいで2世帯住宅を作ってくれました。
それでも、私のこの10年は孤独そのものでした。
気が付けば、義父・義母・旦那は、仕事に朝早く車を走らせていきます。
残されるのは、私のみでした。
自分が外部に働きに出るという選択肢もあったかもしれませんが、「働きたいなら、事務所を手伝え」と義父から言われたので、働きに出ることが出来ませんでした。
当時の私には、今のようなPCはありませんでした。
2世帯という大きなお家に取り残され、朝起きると、シーンと静まり返った家。

そんな家の中を見渡しました。
そして、朝起きて、掃除をしたり、テレビを見たり、料理をしたり。
それでも、時間を余す。
義父や義母は、訪問の帰りにトイレに行くために、家に帰ってきては、すぐまた仕事に戻ります。


話をする時間がありませんでした。
そして、義母は、土曜日も訪問に行ってから、美容室や病院に行き家に全くいませんでした。
日曜日こそチャンスがあるのではないかと思いましたが、義母は実の娘の家に10時ころから行き、また、私は、1人取り残されました。

その当時は、いまほど、働き方改革は推奨されておりませんでした。
だから、土日もカーコンは営業していたので、社用車の点検などのために車を持っていくのが旦那の担当で、私は1人でした。
家の前は、緑地帯があり、秋には、落ち葉が、うちの玄関までいっぱいに押し寄せてきていたので、私は、ごみ袋3個分を落ち葉いっぱいに詰めていました。


そして、ある時、お隣さんから、「いつも1人でやっているのね、大変ね」と、飴を何個か差し出してくれました。

それが、すごく嬉しくて、涙が出そうなほどでした。
そして、冬になると、家は、大雪に見舞われ、時には、家族総出で雪かきをしていましたが、そのほとんどは、1人で、家の前と後ろの雪かきをしていました。

そんなことが何度もありました。
1番の楽しみが、緑地帯の上を走る市営バスが通るのを見ることでした。
唯一の動きが見えるものでした。
そして、のちに分かることでしたが、PNESの発症でした。
実の両親が、2世帯に駆け付け、わたしの携帯電話には、実の両親からのバンバンくる着信に、私は、怖くて、旦那に電話することすらできず、実の両親に1度引き取られることとなりました。
それからも、悪夢は続きました。
そして、結婚から8年目、また、2世帯に住み始めましたが、義父をはじめ義母と話すことはありませんでした。
だれが、悪いわけではない。
人を入れない、忙しい会社が生んだ、家族のコミュニケーション不足でした。
このときまだ、コミュニケーション不足は解消されませんでした。
そして、昨日、大安のこの良き日に「父の日」だったわけですが、
カミングアウトをしました。
旦那が代わりに、実母が住む2世帯に出向き、私が話した様々なことを話したそうです。
虐待を受けて大変だったこと。
実母がキレて怒り狂うことや、実姉がキレて暴れて、私が殺されかけたこと
放火未遂をしたことがあること
電柱をみては、母が運転する車は電柱に向かって加速し、死に行くようなそぶりを何度もみせたことなど。
そんなことを沢山、旦那は実母に話したそうです。
「生き残ってきたのね、まいちゃんは」
「知らなかったな。すごい苦労をしてきたんだね」
「今まで、寂しい思いをさせて悪かったなあ」
「今度、お茶したり、ご飯食べたり、お話しする時間を作らないとね」
と話したそうです。
私からしたら、10年分の穴を埋めることはそんな簡単じゃありません。
なぜなら、過去は変えられないから。
今でも、フラッシュバックすることがあります。
「〇〇家が嫌いなの」という義母を見ると、いやいや全然平和でしょ。と思います。
私は、今まで、独身時代も、既婚の10年間「居場所」がなかったから。
「居場所」のない私の気持ちを考えたことある?とも思います。
「居場所」を作りたいと思うその気持ちは、ここから来るものなのかもしれません。

仕事で忙しくていいかと言ったら、そうじゃないということです。
仕事で忙しい反面、「大事な何かを忘れてしまっている」ということです。
私の人生を振り返ると、自分の気持ちを本音を話したことがないかもしれません。
もはや、コミュニケーション不足が生む家族のすれ違いは、子供と家族だけの問題では、なさそうです。
恋愛において、彼氏・彼女のすれ違いが生む別れ話も、全部が、同じように思います。
家族にしろ、子供いるにしろ、恋愛にしろ、すれ違いはあるし、別々のものではないということです。
対象者が違うだけです。
どんな人にも孤独はあると思いますが、意思の疎通は、どんな形でも、きちんとしていきたいものです。
子どもだから耳を傾けるのではありません。
大人でも耳を傾ける必要があると思います。
これからの人生を幸せなものとなるように、これからも少しずつ前を向いて歩いて行きたいものです。
自分だけでなく、皆が、みんな、幸せな人生を送ることが出来ますように・・・。
みんなの幸せを祈りつつ、今日という日が、素晴らしい1日を過ごすことが出来ますように。
~あとがき~
最後まで、ご覧くださりありがとうございました☺️
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