【短編小説】 十年目
「雪ちゃんが生まれたのは、クリスマスでしょう。街の人みんなが雪ちゃんの誕生を喜んでいるみたいだったよ。その日は雪が降っていてね。それはそれは綺麗だったよ。雪ちゃんの名前は、そこからきてるんだよ」
雪子の誕生日が来るたびに、祖母はその話をした。横では祖父もにこにこ笑っている。
雪子は父を知らない。母は雪子を産んですぐに離婚して実家に帰ってきた。仕事で忙しい母には構ってもらえなかったが、祖父母に愛されて雪子は幸せだった。
しかし、小学校四年の冬、祖父が「くも膜下出血」で突然亡くなってから、雪子の人生の歯車が狂い出した。
陽気だった祖母は塞ぎ込みがちになり、体調を崩して入院することになった。
同じ頃、母が再婚することになり、雪子も母と共に、新しい父の住む遠い街へ引っ越すことになった。
思い出の残る家の柱へ取り縋って泣く雪子を、母は力尽くで引き剥がして、引越し先まで引きずって行った。
雪子は新しい父にも転校先の学校にも馴染めなかった。やがて母が男の子を産むと、雪子の居場所は無くなってしまった。
辛い時、雪子は空に向かって「おじいちゃん、助けて」と叫んだ。空からの返事はなかった。
中学二年の冬、病院から、祖母が危篤だという連絡が入った。
母の車で病院に着いたが、子供は病室に入れてもらえず、雪子は待合室で待った。待合室の窓から、祖父のいる空へ向けて、雪子は懸命に祈り続けた。
「おじいちゃん、今日はクリスマスで私の誕生日でしょう。だから、今日だけでも、私の願いを叶えてください」
「私には居場所がありません。おばあちゃんだけが、私の拠り所なんです。まだ、おばあちゃんを連れて行かないで」
「もし、それが無理なら、私の命を十年削って、おばあちゃんに渡してください」
その時、空から、ふわふわと真っ白な雪が落ちてきた。おじいちゃんの返事かな? と思っていると、病室の方から、何やら騒がしい音が聞こえてきた。祖母が、息を吹き返したらしい。
やった。おじいちゃん、ありがとう。
それから、祖母はどんどん回復した。病院内を歩き回ったり、おしゃべりもできるようになった。
雪子は、お小遣いを貯めて、休みの日に祖母の病院にお見舞いに行った。少しずつ本来の陽気さを取り戻しつつある祖母を見て、雪子も次第に元気になっていった。
時が経ち、社会人になった雪子は、居心地の悪かった実家を離れ、祖母の病院の近くで、一人暮らしを始めた。その頃には生まれて初めての恋人もでき、少しずつ前向きに生きていけるようになっていた。
しかし、「これからはおばあちゃんにどんどん会いに行こう」と思っていた矢先に、祖母があっけなく亡くなってしまった。
トイレで倒れて、非常ボタンで知った職員が駆けつけた時には、もう亡くなっていたという。ほとんど苦しまなかった、という医者の言葉が救いであった。
お葬式も終わった後、一人暮らしの部屋に帰ると、なんと祖母がそこに座っていた。そして昔と同じようににこにこ笑いながら、こんな話をしてくれた。
「おじいちゃんから聞いたよ。雪ちゃんは十年分の命をおばあちゃんにくれたんだね。おかげで楽しい十年を過ごすことができたよ。はい、これは誕生日のプレゼント。今度はおばあちゃんが雪ちゃんに、十年分の命をあげるね」
そう言って手渡された箱を開けると、中には、キラキラした雪の結晶が入っていた。
「あれっ」
ふと気づくと、祖母がいない。プレゼントの箱も無くなっている。
「いつの間にか、夢を見ていたのかな」
そう思いながら窓を見ると、空からふわふわと真っ白な雪が落ちてきた。
「やっぱり、夢じゃない」
街には、ジングルベルが響いていた。
