京大に受かった。ライブにハマった。そして留年した。

2023年の春、京都大学に現役で合格した。
そして2026年、留年した。
その間、僕は何をしていたのか。
もちろん大学にも行った。勉強もした。バイトもした。大学でも野球を続けようとした。
でも、この3年間を振り返ったとき、鮮明に思い出せる景色の多くには、音楽がある。
2023年、5回。
2024年、25回。
2025年、19回。
2026年も、相変わらずライブに行っている。


気づけば、大学生になってから50回以上、ライブやフェスに足を運んでいた。
なんでこんなに行くんだろう。
改めて考えてみると、僕はたぶん、
「熱」に当てられに行っている。

ステージの上で、本気で音楽を鳴らしている人たちがいる。
その人たちに憧れて、何千人、何万人という人が同じ方向を向いている。
声を出して、飛んで、踊って、泣いて。
その中に自分も混ざる。
大学で勉強も野球もうまくいかなくなって、自分自身が何かに熱くなることが難しかった時期もあった。
そんなとき、僕はライブに行った。
誰かの熱に当てられて、生きるための熱を少しもらって帰ってきた。
僕にとってライブは、いつの間にかそんな場所になっていた。
でも、この話の始まりは京都じゃない。
僕の音楽の原点は、大阪の実家にある。
僕の家には、いつもFM802が流れていた
僕は15歳まで、大阪府茨木市で育った。
実家では、物心ついた頃からずっとFM802が流れていた。
当時は、それが特別なことだとは思っていなかった。
自分から熱心に音楽を掘るタイプでもなかったし、今振り返れば結構ミーハーだったと思う。
ただ、毎日のように802から音楽が流れてくる。
「この曲いいな」と思ったら調べる。
アーティストを知る。
他の曲も聴いてみる。
すると、
「これも聞いたことある」
となる。
そんなことを何度も繰り返していた。
FM802には「HEAVY ROTATION」という企画がある。
毎月選ばれた楽曲を、1か月間たくさん流す。

そこで出会ったアーティストが、数年後にはとんでもなく売れていることもあった。
Official髭男dismが売れたあと、「バッドフォーミー」の頃にはもう知っていたことに気づいた。
マカロニえんぴつの「ヤングアダルト」も、あいみょんの「君はロックを聴かない」も、出た頃から耳にしていた。
ハンブレッダーズやKANA-BOON、WANIMAもそうだった。
知らないうちに、僕の音楽の好みのかなりの部分をFM802に作られていたんだと思う。
そして、この頃802から流れてきた音楽が、何年も経ってから僕の人生に何度も戻ってくることになる。
高校生、櫻坂46にどハマりする
高校では地元を離れ、寮生活をしていた。
そこでも音楽はずっと聴いていた。
ただ、気軽にライブへ行けるような環境ではなかった。
だからライブ映像をよく見ていた。
コロナ禍に[Alexandros]が公開してくれたZOZOマリンスタジアムのライブ映像は、何度見たか分からない。
そして高校2年生の終わり頃。
櫻坂46にどっぷりハマった。
きっかけは冠番組のYouTube切り抜きだ。
同じタイミングで櫻坂にハマった友達が寮にいて、毎日のように語り合って、ライブ映像を見ていた。
今振り返っても、櫻坂は僕の人生のかなり大きな一部だ。
高校3年の夏には、人生初のフェスになるはずだったROCK IN JAPAN FESTIVALに一人で申し込んだ。
KEYTALK、WANIMA、櫻坂。
楽しみで仕方なかった。
でも、台風で中止になった。
僕の初フェスは幻になり、お盆の予定が急になくなった。
それでも数か月後。
受験真っ只中だった高校3年の秋、僕は授業を休んで櫻坂46の2nd TOURに行った。
一人で。
一緒に行こうとしていた友達は、親に止められて来られなかった。
受験生が授業を休んでライブに行く。
今考えると、なかなか思い切ったことをしている。
でも、行った。
そしてOvertureが流れた。
鳥肌が立った。
泣いた。
画面越しに何度も見てきたものが、目の前にあった。
大きな音を全身で浴びる。
ステージからものすごいエネルギーが飛んでくる。
周りにいる全然知らない人たちも、同じものを見て、同じように興奮している。
生で音楽を浴びるって、こんな感じなんだ。

音楽は昔から好きだった。
でもこの日、僕は音楽そのものだけじゃなく、
ライブという場所にある「熱」
にハマった。
京大に受かって、初めて夏フェスに行った
その後、僕は京都大学に現役で合格した。
受験についても色々あった。
地方の高校から、高3の夏まで野球をやって、そこから本格的に受験勉強を始めた。
最初はE判定。
そこから3か月ほどでA判定まで上げて、半年ほどで京大に合格した。
この話は、また別の記事でちゃんと書きたい。
とにかく2023年の春。
僕は大学生になった。
京都に来た。
そして、その夏。
大学生になって初めての夏フェスに行った。
OSAKA GIGANTIC MUSIC FESTIVAL。
通称、ジャイガ。
FM802も関わっている、大阪のフェスだ。
高校の同期が京都に2人いたので、誘って3人で行った。
右も左も分からなかった。
そして、とにかく暑かった。
水を5リットルくらい飲んだ。
自販機に何度も並んでは水を買って、カバンはペットボトルでパンパンになった。
初めての夏フェスとしては、なかなか強烈だったと思う。
でも、それ以上に強烈だったのが音楽だった。
フレデリックを見た。
ロックバンドを生で見るのは初めてだった。
音源ではもちろん知っていた。
でも、全然違った。
ロックバンドって、リアルだとこんなに熱があるのか。
震えた。
興奮した。
次にSiMを見て、「荒いロックってこういうことか」と洗礼を受けた。
櫻坂も見た。
普段とは全く違うロックフェスという場所で、それでも観客を盛り上げようとする彼女たちを見た。
そして、sumika、[Alexandros]、UNISON SQUARE GARDEN。
FM802で何度も聴いていた人たちが、目の前で音を鳴らしている。
特に[Alexandros]には、一緒に行った3人全員がハマった。
フレデリックと[Alexandros]は、その年のワンマンツアーのチケットをすぐに取った。
最後はCreepy Nuts。
夜の海辺。

朝から一日中動き回って、もうヘトヘトだった。
それでも後ろの方で、3人で飛び跳ねながら聴いた。
あの日のことは、今でもかなり鮮明に覚えている。
ジャイガ2023は、僕の中では「人生ベストライブランキング」のようなものとは少し違う。
もっと別の場所にある。
原体験なんだと思う。
5回だったライブが、翌年25回になった
ジャイガに行った2023年。
ライブ・フェスの参戦回数は5回だった。
翌2024年。
25回になった。
我ながら、何があったんだと思う。
2025年は19回。
2026年も行っている。
ワンマンに行く。
フェスに行く。
そこで知らなかったアーティストを見る。
好きになる。
今度はその人のワンマンに行く。
そうやって、ライブへ行けば行くほど、見たいライブが増えていった。
気づけば50回を超えていた。
その中には、忘れられない夜がいくつもある。

昔から追い続けてきた櫻坂の最高地点だと思えた、京セラドーム。
BUMP OF CHICKENの藤原基央に、生きていることそのものを肯定してもらったように感じた夜。
FM802で知ったハンブレッダーズが、同じ大阪で夢だったフェスを実現する瞬間。
泣いたライブも、飛び跳ね続けたライブも、圧倒されて立ち尽くしたライブもある。
その一つ一つについては、これからゆっくり書いていきたい。
僕は、熱に当てられに行っていた
一方で、大学生活は思い描いていたようにはいかなかった。
勉強がうまくいかなかった。
野球もうまくいかなかった。
高校まで14年間、野球を続けてきた。
甲子園を目指して、本気で取り組んでいた。
受験も短い期間だったけれど、必死にやった。
高校までの自分には、いつも何か熱くなれるものがあった気がする。
大学に入って、それがうまくいかなくなった。
そして最終的に、留年した。
必死こいて京大に入った人間なので、「まあ留年することもあるかもな」と、どこかで思ってはいた。
それでも、実際そうなると色々思う。
そんな大学生活の中で、僕は音楽に没頭していった。
だからといって、
「ライブに行きまくったから留年した」
という単純な話ではない。
むしろ自分にとっては逆で。
大学生活がうまくいかなくなって、自分自身の熱を失いかけていたからこそ、ライブという熱のある場所に惹かれていたんだと思う。
ステージの上には、本気で何かを表現している人がいる。
その人たちに魅了された何千人、何万人が集まっている。
知らない人たちと一緒に声を出して、体を動かして、感動する。
僕は、熱に当てられに行っていた。
自分の中から熱がなくなりそうなときは、熱のある場所へ行けばよかった。
そこで生きる熱をもらって、また日常に戻る。
たぶん、僕がこれだけライブに行く理由はそこにある。
忘れてしまう前に、書いておきたい
50回以上ライブに行って、一つ困ったことがある。
記憶が薄れていく。
あれだけ感動したはずなのに。
どの曲で泣いたのか。
ステージがどう見えていたのか。
終演後、誰と何を話しながら帰ったのか。
そのとき確かに感じたはずの「熱」まで、時間とともに少しずつ輪郭がぼやけていく。
それが、なんとなく嫌だった。
だからnoteを始めてみる。
大げさな目的があるわけではない。
好きな音楽について、趣味としてちゃんと言葉にしてみたい。
ライブのこと。
フェスのこと。
櫻坂のこと。
FM802のこと。
そして音楽以外にも、14年間やってきた野球や、京大受験、大学生活についても、そのうち書いてみたい。
成功したことだけじゃなく、うまくいかなかったことも含めて。
自分がそのとき何を感じていたのか。
忘れてしまう前に残しておきたい。
それでも、僕はジャイガに行く
もし、2023年の夏に戻れるとする。
初めての夏フェスを前にして、何も分からないままジャイガへ向かおうとしている大学1年の自分がいる。
そいつに今の僕が、
「この先、お前はライブとフェスに50回以上行くぞ」
と教えたら、たぶんめちゃくちゃ喜ぶと思う。
じゃあ、もう一つ。
「でも、大学では留年するぞ」
それを聞いたら、どうするだろう。
ジャイガに行くのをやめるのか。
ライブにハマらないようにするのか。
たぶん、しない。
いや、
絶対にしない。
僕はあの日、ジャイガに行く。
酷暑の中、水を5リットル飲んで。
初めて生で見るロックバンドに衝撃を受けて。
ずっと追いかけていた櫻坂を見て。
802で何度も聴いた[Alexandros]に出会って。
夜の海辺で、ヘトヘトになりながらCreepy Nutsで飛び跳ねる。
そして、あの日から始まるたくさんのライブに行く。
大学生活は、思い描いていたようにはいかなかった。
それでも、この3年間で浴びてきた熱まで、なかったことにはしたくない。
むしろ僕は、その熱に何度も生かされてきた。
だからこれから、少しずつ書いていこうと思う。
忘れてしまう前に。
あの日、確かに感じた熱を。
