『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[115]炭窯に火を入れる
第5章 モンゴル高原
第7節 木炭
[115] ■3話 炭窯に火を入れる
七日待った朝に、いまでは近く感じるようになった北の疎林に二人で戻って行った。シダの茎で作った大きな菰と木槌を薄手の叩き布で巻いて携えてきた。
着くと、土煉瓦を触ってみて乾き具合を確かめた。「んーっ」と唸ると、火を焚き、煉瓦を火の側に寄せた。その後、近くに見えている竹林まで歩いて行って太い竹を三本伐って戻った。これを短く切り、縦に割る。
「窯の底に敷く。竹の小枝は炭にする」
風向きを見て焚き口はここにと決めた。乾いていると見ると、ナオトは穴に下り、真ん中の小石で埋めた小穴の周りに土煉瓦を乾ききらないまま並べはじめた。何も言っていないのにエレグゼンが次々に手渡す。脆くて崩れそうなものは除いた。
「よし、これでいい」
穴の縁が崩れてこないようにと、割った竹を壁の面に並べて土留めにし、底にも竹を敷いた。
次に、炭窯の焚き口になるところに穴の底よりも肘一つだけ深く、溝を掘った。この溝は木炭を運び出すときに使う。人がようやく入れる幅の溝と穴との境の焚き口に、一番大きい平たい石を置いた。土煉瓦がうまく収まると確かめてから、その両脇と上にも石を置いてちょっとした石組みにした。
そこを守るようにして太めの薪を置き、土煉瓦を慎重に並べる。四角い焚き口を煉瓦一つ分だけ残し、石と土の壁との隙間には穴の内側から泥を塗ってしっかりと塞いだ。
ここまで進むと、どういう窯になるのかがエレグゼンにもわかってきた。
穴から這い出たナオトは一休みし、次に身軽なエレグゼンが穴に下りて、ナオトが手渡す薪をきれいに積みはじめた。
「ここから先は肝心なところだから……」
と、途中で替わり、穴に入ったナオトが木槌を使って薪を叩いて揃える。どうしてもできてしまう隙間には小枝や竹の枝をねじ込んだ。
薪を台にして穴から出ると、「これで終わりだ」と、土を被せた。まず、積み上げた薪の上に菰を四枚被せ、さらにそれをシダの葉で覆う。その上に、掘って山積みしてある土を穴掘りの道具でよく叩きながら置いていった。
こうして、初めてこの林を訪れてから十一日目に、不格好だが、ナオトの目にはそれなりに働きそうな炭焼き窯ができ上がった。もともと考えていたよりもずいぶんと大きい。
――この時期、雨は降らないとエレグゼンが言っていたが、降らなくて本当によかった。土煉瓦も薪もそれに穴の中も少し乾きが足りないが、まあいいだろう……。
エレグゼンの肩を叩きながら匈奴言葉で言った。
「あとは待つだけだ」
日が暮れる前にと、馬首を並べて牧地に戻った。
ナオトが「あとは待つだけだ」と二度目に口にしたのはその翌日、焚き口から火を入れて薪が燃えはじめたのを確かめ、土を濡らしてこねた泥を打ち付けて穴を塞ぎながら待って、窯のてっぺんに開けた小さな煙穴から白い煙が漏れ出てきたのが見えたときだった。
「吾れはここで見張る」
ナオトはヒョウタンの水呑を取り出し、いつの間にか持って来ていたヒツジの乳のアウールルを頬ばりはじめた。
「ゾチロム、お前は営地に帰り、七日したら戻って来い」
「馬鹿な!」
肩をすくめると、エレグゼンは隣りに座り込んでナオトのアウールルに手を伸ばした。
「そうはいくか。吾れも見届ける」
「ならば、この地で炭を焼いていると誰かに告げて来い」
七日後、メナヒムとバフティヤールが様子を見にやってきた。ナオトはエレグゼンと一緒に立って彼らを迎えた。誰も口を開こうとしない。
ナオトが、焚き口から竹の棒を差し込んで溝を塞いだ土煉瓦の壁を引き倒し、炉内への入り口を開いた。
「おおっ、……」
小さな声が上がった。開いた取り出し口から黒々と光るものが見えている。溝を片付けて進んだナオトが手を突っ込んでその一本を掴み出し、ひょいとエレグゼンに渡した。エレグゼンがそれをゆっくりとメナヒムに差し出して言った。
「木炭です」
木炭の効き目は、思いがけないところでまず出た。メナヒムの妻の遠縁に妊婦がいた。その子を取り上げるときに普通ではないほど血を流し、使いがやって来て騒ぎになった。
ザヤがすぐに思い当って、エレグゼンに「木炭はどこ?」と訊いた。ナオトのゲルまで一緒に行って一声掛け、隅に置いてある木炭をみつけると、古い叩き布で手際よく巻いてエレグゼンに渡した。
てきぱきと動くザヤの様子をナオトは、
――まるで姉のカエデのようだ……、
と思いながら、ゲルの外に立ってじっと見ていた。
その妊婦のゲルまでエレグゼンが急ぎ届けて、囲炉裏に入れた炭火で湯を沸かし、ゲルの中を温めた。薪やヒツジの糞を燃やすよりも早く、しかもずっと温かになった。煙も出ない。
母子ともに助かったとき、メナヒムは大きく頷いてナオトに礼を言った。
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