投稿が220記事を超えたけど、継続したからこその新しい意味を最近見つけた
お疲れ様です、ミルヲです。
いやー最近またラジオをやりたい欲が出てきて色々考えてるわ。
ラジオと「ミルヲ」をくっつけるべきなのかとかね~。案外全くの別キャラでガンガンいろんなことについて喋っていくのとかもありよな。
実は私、声が「低くて心地よい」と言われることもあるんだよね。これはイケボASMRで声豚収入得ていくかぁ?(最低)
今回の話はラジオにも言えることなのだが、
「ブログは日常のすべてをネタに出来るからストレス解消になる」
ということだ。
ラジオのパーソナリティは特にそうなんだが、毎週話すことを作るのって実は案外難しい。それは毎日仕事や行うことがルーティン化してくると予想外のことって意外と起きないのだ。
最初は全然話せることがあるのだけど、何年も続けていると本当にネタがなくなるのだ。そういう時は自分にとって嫌なこと、例えば「仕事のミス、日常生活でツイテなかったこと、ムカついたこと」などが逆に有難いネタになる。
その考え方になると、どんな嫌な出来事でも「エピソードネタになったから結果ラッキーか~」と変換できるのが精神的に強くなれると思った。
かくいうブログを始めた私も、無職中は毎日投稿ということで現在記事の投稿数が220個を超えたのだが。最近その思考になってきている。
もちろんメンタルが強くなるわけではない。HSP気質の私からしたら嫌なことはずっと嫌だし辛いことはずっと頭に残る。
ただそれを「記事のネタにしてしまおう」という思考になってから、転職活動で辛いことがあっても言語化して記事に吐き出すことで「今日の記事になる」+「言語化することで膿をそこに切り離しておいておける」という考え方に変わってきた。
正直投稿して100記事くらいまでは全くそんなことは思わなかった。
でも200近くも書いているうちに、勝手に思考がそのような使い道を発見して意味を持たせ始めた。これってここまで投稿し続けないと分かんなかったことだ。
私は多趣味でやりたいことはいっぱいあれど、努力をそれなりに要するものに関してはめんどくさいが勝って諦めてしまう半端ものだ。でも今回それなりに自分的に継続できたと思ったからこそ、継続した上での新しい意味がある事を知った。
人間続けてみないと分からないことも多いのだろう。でも会社を続けていたら私は多分うつ病になっていたので、何事も塩梅が世の中大事なのだろう。
もしこれを見て「記事書くのって絶対ダルい」「続くわけがない」と思っている人は、一旦試しにやってみてほしい。
「活字の本が大嫌いで文字を書くなんて絶対に継続出来ない」と考えていた私がまさかの継続出来ているのだ。別に月1でもいいし、何か事件が起きた時だけでもいいからチャレンジしてみてほしい。意外とだるくないかもしれないからさ。
じゃあの
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社会不適合者がなんとかブログから這い上がりたい。応援してくれよな〜🤤