幸せの箱
ずいぶん久しぶりの文章です。
毎日が忙しかった訳では決してないのに
文章を書くという行動から
少し遠のいている日々を過ごしていました。
新しい立場での新しい仕事が始まり
我が子の学年も上がり
いろんな環境が
少しずつ変化していっているのを感じます。
今日は、どうしても今の気持ちを
文字で残しておきたくて
子どもたちが2階の寝室に上がっていったあとの
夜の静けさの中で
少し自分と向き合う時間をつくろうと思いました。
私、もう少しで誕生日を迎えるのですが、
30代も本格的に後半。
さいきん、以前は考えなかったことを
ふと考えるようになったり
自信がもてなかったり
自分の欠点がやけに気になったり
こころの ”ゆらぎ” のようなものを感じることがあります。
ネガティブになったとか
やる気を失っているとか
日常に不満があるとか
そういうことではなくて、
この快適で自由な日常の中で
自分の生き方について
これまでの過去も含め
振り返る・見つめ直す時間が増えたからだと思います。
海のさざ波を感じることができるのは、
水面をゆっくり見つめる時間があるからで
動いていたら気づかない
小さな揺れや
目にうつる景色の変化を
今の自分はきっと感じられているからなんだと
ポジティブに捉えています。
今日は仕事が無い日だったので
一冊の本を読み終えました。
その本の感想も書きたいのだけれど
今回はそこには触れません。
読後、私は余韻に浸っていて
自分の子育てのことをぼんやり考えました。
子育てには正解がないと
よく言いますが、
最近ほんとにそう思うんです。
自分の子育てを
自信をもって
これが正解と言える人なんてどれだけいるんだろう
この情報社会の中で
他の人の子育てと一切比べることをせずに
うちはうち、よそはよそ、と
言い切れる親はどれだけいるだろう
私は、
自分の子どもを他の子と比べて
もっとこうだったらいいのに、と思ったことは
神に誓って一度もないのですが
「もっとこういう親になりたかった」
そう思うことはとても多いです。
太陽みたいに明るい人を見たとき、
こんな明るいお母さんだったら
子どもたちも明るく前向きな子に育つんだろうな。
お母さんを見て
子どもはコミュニケーションを学んでいくのかな。
冷静で堂々としていて、意見がはっきり言える人を見たとき、
自分をもっている人はすごいと思った。
ちゃんと、忖度なく
自分の大切なものを守れる人なのかも。
こういう親だと自立した子が育つのかな。
そして
自分の欠点について考えるとき、
私の悪い部分が似てしまったらどうしよう
私の悪い部分や苦手なことが
この子たちの成長に影響を与えていたらどうしよう
そんな不安を感じてしまう。
自分の思考の悪い癖だと思います。
そんなことを夕食のあとも
自分の頭の中でぐるぐる考えていたのですが、
娘たちは、今日あった学校の話をして
習い事の宿題とか
運動会のダンスの見せあいっことかして
お風呂も二人で楽しそうだし
夕食中はおいしそうに楽しく食べてくれる
そう、ほんとに楽しそうな姿。
我が子ながら、
この人たち、メンタル安定してるなぁと
ひとごとのように眺めていた。
ふたりの弾けるような笑い声を聞いていて
ふと、聞いてみたくなった。
「毎日たのしい?」
間髪入れずに
「めっちゃ楽しいよ!」って答えるふたり。
すると
下の子が、私に近寄ってきて
こんな質問をした。
「ママ、もしさ、ボールが10個あって
幸せですの箱と幸せじゃありませんの箱と2つあってさ、
10個のボールをどっちかの箱に入れるなら、
ママはどっちに何個いれる?」
えぇっと・・・
すごい質問だなと
真面目に悩んで答えを考えていると、
「わたしはね、ぜんぶを幸せの箱に入れるんだ
だって、毎日ほんとに幸せなんだもん。
なんで幸せかっていうとね、
毎日楽しいことたくさんあるしさ、
わたしのママがママだから幸せなんだよ~!
この家族がいるから10個まんたん幸せなんだよ」
思わず言葉を失った。
10個ぜんぶを幸せの箱に入れるんだ。
私は、そのよく分からない設定の
幸せの箱の話に
とても心を救われた気がして
涙が出そうになった。
「ママは?」
上の子がこっちを窺うように聞いてきた。
「ママは、〇〇ちゃんと○○ちゃんが
ママの子どもで幸せに生きていてくれる限り
10個ぜんぶ幸せの箱だよ。もちろんじゃん」
この回答は心からの言葉だったし
取り繕ったつもりもない。
けれど、
幸せをはかるものさしって
家庭生活のことだけでなく、
私の人生には、いろんな立場があって
責任や義務があって
自己実現がある
特に、仕事に関しては
今は優先度が低いし
私のキャリアは停滞している
そのことに対する焦りも
叶えたい希望も欲望もある
そんなことをごちゃごちゃ考えてると、
私は真っ先にボールを10個ともは
幸せの箱に入れられないんじゃないかと
冷静に思う。
そんな私を見抜いたのか、
上の子がこんなことを言った。
「ママ、もし、私たちがいなかったら、
というか、私たちのことを抜きにして
そこは何にも考えなくて。だったらさ、
ボールはどうする?」
私は、瞬時に、
「それでも、10個だよ」
そう答えた。
母親としてのベストアンサーだと思ったし
それを伝えたかった。
そういう自分でいたかった。
というか、
よくよく考えたら、ほんとに幸せの箱10個行きで間違いない。
仕事とか
自分の欠点だとか
他のすばらしい女性たちと比べてだとか
そんなもので
私は自分の幸せから減点しようとしていた。
「ママがいるから幸せ。この家族だから幸せ。」
だから10個まんたん幸せの箱を選ぶ。
このシンプルな言葉に
私は、幸せの奥深さを教わった。
勉強ができるとか
運動神経がいいとか
外見がいいとか
友達が多いとか少ないとか
様々な要素で
比べることなんか
山のようにある。
この世の中に生きていたら
競争もあるし
数値で順位を示されることもある
そういうもので
もし幸福度を測るのならば
10個のボールをすべて幸せの箱に入れられる人は
一握りだろう
けれど、
自分が幸せと思う漠然とした感情は
人と比べずとも
他の誰でもない自分自身で決めることができる
子育てに正解はない。
けれど、
自分の子どもが幸せだって
そう言ってくれたら
自分はちゃんと育てられているのかもしれないと
少しだけ勇気が湧いてくる。
正解は分からないし
自信なんて
いつになっても持てないかもしれない
けれど、
この子たちの幸せを願う心、
それは、私の純粋すぎる真心だ。
この真心とともに
私も、育っていけるのかもしれない。
