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いい社長でいたかった。それが間違いだった。

経営の失敗を、今なら少し冷静に見られる気がします。

最近「黒字倒産」という言葉をよく聞きます。売上はあるのに、資金繰りが追いつかなくて潰れる。うちは黒字ではありませんでした。でも、入金が2ヶ月後という構造は同じでした。お金がないと、
会社は動かない。それだけのことが、全てを狂わせます。

経営で一番しんどかったのは、お金がないことじゃなかった。

毎月、従業員に給料を払わないといけない。そのプレッシャーだったと、旦那は言います。

仕事はありました。
でも、入金は2ヶ月後。

その間をつなぐお金がなかった。

売上があっても、手元にお金がない。
その繰り返しでした。

追い打ちをかけたのは、銀行でした。

ある日突然、取引していた銀行から言われました。
「1000万円を入れてください」と。

そんなお金、どこにもなかった。

実はこれ、「期限の利益の喪失」といって、銀行が業績の悪化を察知した時に、突然一括返済を求めることができる仕組みです。助けてくれると思っていた銀行が、苦しい時に追い打ちをかけてくる。そこから借金が一気に膨らんでいきました。

知らなかった私たちは、ただ茫然とするしかありませんでした。

一番のネックになったことは、こちらに書いています。↓

中を開けば、あちこちにお金が出ていっていました。

事務所の家賃だけで月40万円。前年の売上にかかる税金が300万円。保険の一括払いで300万円。事務所のリフォームに1000万円。ホームページに200万円。パソコンのシステム費用も重なりました。

苦しくなってからも、前の年の税金は容赦なく来る。

旦那は「なんでも買っていい」と言うタイプでした。気づけば、使わない電化製品や備品があちこちに増えていました。

使えなかったものも、少なくなかった。前年度の売上が良かったから、大丈夫だと思っていた。でも現実は、そうじゃなかった。

家のお金も、全部会社に回していました。

毎月、ほとんど残らない。財布の中の現金が、本当に0円になることもありました。

支払いはカード。でも引き落とせない。だからリボ払い。払うために借りる。
また借金が増える。

もう、何が正解なのかわからなくなっていました。

旦那は、だんだん普通じゃなくなっていきました。最後は運転手さんにも辞めてもらったので、配達も営業も、全部一人でやっていました。

疲れ切っていたんだと思います。
今までそんなこと一度もなかったのに、車をぶつけたり、ぼーっとすることが多くなりました。

家でも、ほとんど会話はありませんでした。カードの支払いの話をすると、突然怒鳴られることもありました。

「もう金ないねん」

その言葉だけで、何も言えなくなりました。

子供には、ずっと言えませんでした。
でも現実には、授業料すら払えなくなっていました。学校に事情を説明して、
奨学金の申し込みをお願いしました。

あの時が、一番つらかったかもしれません。

旦那は、いい社長でいたかったんだと思います。

大きい会社にしたかった。だから従業員を雇った。大きい現場が決まって、人も増やした。でもその現場がなくなった。それも大きかった。

私は最初から、従業員はいらないと言っていました。でも旦那の夢があった。
現実は、厳しかった。

営業できる人間は、旦那一人だけでした。それでも従業員の給料は良くしてあげたかった。事務員なのに、手取り35万円渡していた人もいました。

私が手伝いに行くようになって、アウェイ感は最初からありました。
冷たい目で見られていた。きっと影で何か言われていたと思います。

給料は良かった。融通も聞いていた。
それでも誰も動かない。仕事がない時間、たばこを吸いながら話していました。YouTubeを見ている人もいた。誰も動かない中、旦那だけが一人でかけずり回っていた。なんでもっと動かないのか、不思議でした。

旦那にも言いました。「もっと従業員使えばいいやん」「営業してって言えばいいやん」と。でも旦那はきつく言えなかった。いい社長でいたかったから。

私が入ったのは倒産する直前でした。
もっと早くから口を出していれば良かった。もっと話を聞いていれば、何か変わっていたかもしれない。

会社がここまで悪化しているとは、知らなかった。

後から、経理の事務員さんに言われました。

「奥さんに言えば良かったんですけど、勝手に言っていいかわからず、すみません」

その言葉が、今も頭に残っています。

苦しくなって、給料を下げてもらうしかなかった。辞めてもらうことになった。そこから態度が変わりました。

最後、書類を届けに来た時、挨拶もなく、一言も話さず、帰られました。

クビじゃなかった。でも辞めてもらうしかなかった。

任せすぎていた。中をちゃんと見ていなかった。それが後からわかりました。「おれが悪い」と今は本人も言います。甘えていたんだと思う、とも。

会社はなくなりました。お金もなくなりました。

でも、旦那はこう言いました。

「今の方が、ほんまに楽や」

法的手続きが終わったら、また副業からやり直したいと言っています。でも、従業員はもう雇わない、と。自分にはその器がないと。

従業員さんには、本当に申し訳なかったと思っています。生活がある。家族がある。それでも辞めてもらうしかなかった。

今、旦那とはなんでも話すようにしています。あの頃は毎日ギスギスしていて、話すことすら嫌だった。でも今は違います。

振り返れば、サインはたくさんあったはずです。私も気づいてあげられなかった。夫婦の話し合いがなかった。
全部、後からわかったことです。

失ってから気づくことが、こんなにも多かった。

いい人だけでは、会社は成り立たない。

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もち子


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