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「なんでROICを使うんですか」——ROAでもROEでもない理由

「それ、ROEやROAでよくないですか?」

ROICの話をすると、ほぼ毎回この質問が出ます。以前、社内で説明する機会があったときも、やはり同じところで手が挙がりました。

つまずくのは、だいたい分母(投下資本)の考え方です。

予算編成でいちばん時間を使うのは売上と営業利益で、貸借対照表(BS)は、予算のなかで損益計算書(PL)ほど意識されていないからかもしれません。

ROICが見たいのは、調達してきた資本を事業に投じて、どれだけ儲けたかです。この目的からすると、ROAは分母が広すぎ、ROEは狭すぎる。まずはそこから見ていきます。

1. 「それ、ROAでよくないですか?」への返答——分母が広すぎる

まず、式を並べます。

  • ROIC = NOPAT(税引後営業利益)÷ 投下資本

  • ROA = 利益 ÷ 総資産

分子の取り方も指標ごとに違うのですが(ROICは税引後の営業利益、ROAは当期純利益が一般的です)、社内の説明でつまずくのは、いつも分母のほうです。ここに絞って見ていきます。

ROAの分母は総資産、つまり会社が持っている資産の全部。ROICの分母は、そこから2段階で絞り込んでいきます。

第1段階:事業に使っている資産だけにする

使い道の決まっていない現預金や、投資有価証券。これらは事業とは関係のない資産です。分子は事業が生んだ利益なのに、分母に混ざっていると釣り合いません。だから外します。

ROAはここを区別しないので、事業に投じていない資産まで分母に入ったままになります。

第2段階:そのうち、自分で用意した分だけにする

残った事業用の資産のなかには、仕入先が立て替えてくれている分があります。仕入代金の未払い、つまり仕入債務ですね。自分で用意したお金ではありません。

だから、これも差し引きます。売上債権と棚卸資産から仕入債務を引く——運転資本の計算は、この引き算です。

残ったものが、投下資本になります。

投下資本 = 運転資本(売上債権+棚卸資産−仕入債務)+ 事業用の固定資産

なお、この「自分で用意したお金」を、資産の側からではなく調達の側から数えることもできます。有利子負債 + 自己資本 − 余剰現預金などの非事業用資産。まだ事業に投じていない手元の現金を差し引くので、資産側から積んだ金額と一致します。

(ちなみに、仕入債務を膨らませれば分母は小さくなりますが、取引先へのしわ寄せで数字を作る話とは切り分けて考える必要があります)

2. 「それ、ROEでよくないですか?」への返答——分母が狭すぎる

  • ROE = 当期純利益 ÷ 自己資本

今度は逆に、分母が狭すぎます。銀行から借りたお金が入っていないからです。借入も、調達してきた資本には違いありません。

もう一つ、副作用もあります。借入を増やして自己株式を買えば、自己資本は減ります。事業の中身は何ひとつ変わっていないのに、分母が小さくなるぶんROEは上がる。財務の操作だけでも動いてしまうという側面があります。

株主から見た利回りとしては意味のある指標です。ただ、事業に投じた資本の効率を測る物差しとしては、少し狭いということだと思います。

ROICの分母には、有利子負債も自己資本も入ります。

3. なぜROICなのか——WACCという合格ラインがある

ここまで分母の話を続けてきましたが、ROICを使う理由は、突き詰めるとひとつだけだと思っています。

「ROIC 8%」という数字だけでは良いか悪いか判定できませんが、ROICには比べる相手がいます。WACC(加重平均資本コスト)——有利子負債と自己資本のコストを調達額の比率で平均した、元手にかかっているコストの率です。

ここで効いてくるのが、さっきの分母の話です。ROICの分母も、WACCが対象にしている資金も、同じ「有利子負債+自己資本」でした。土俵が揃っているので、率同士をそのまま並べられます。

  • ROIC 8% > WACC 6% → 元手のコストを上回って稼げている

  • ROIC 4% < WACC 6% → 黒字でも、価値は削れている

大事なのは後者です。利益は出ています。赤字ではありません。それでも、事業を大きくするほど価値は減っていきます。 年6%のコストで集めたお金を、年4%でしか回せていないのですから。

「利益は出ているのに、なぜか評価されない」という感覚の正体は、たいていここにあるのではないでしょうか。

経済産業省が2026年7月に策定した「成長投資ガイダンス」も、価値創造を「資本コストを上回るリターンを継続的に生み出すこと」と定義しています(出典)。上回るかどうかが、線引きになっています。

見落としたくないのは、「継続的に」という一語のほうです。

単年で超えても、翌期に下回れば意味がありません。しかも、超えるべき線そのものが動きます。金利が上がれば、WACCも上がる。 事業側が何も変わらなくても、合格ラインだけが引き上がっていきます。

長く続いた低金利の時代は、この線がずっと低い位置にありました。多少効率が悪くても、線の下に沈んでいることに気づきにくかった。金利のある時代に戻るというのは、線が上がってくるということです。

ROAにもROEにも、この線がありません。

ROA 5%が良いのか悪いのか、判定する基準がない。分母の総資産には利息のつかない仕入債務まで入っているので、WACCとは土俵が合わないからです。ROEは株主資本コストと比べられますが、借入を増やすだけで動いてしまうので、事業の評価軸にはなりません。

考えてみれば、売上にも利益にも「いくらなら合格」という線はありません。前年比や予算比といった、社内で決めた基準があるだけです。

外から与えられた合格ラインを持っている指標は、ROICだけなのだと思います。資金の出し手が求めている水準を、そのまま超えられているかどうか。それを直接答えられる。ここがROICの肝で、他の指標では代えがきかない部分です。

投資審査で使っている、あの数字です

しかもこの線は、遠い世界の話ではありません。投資審査のハードルレートは、多くの場合このWACCがベースになっています。

投資案件を検討するとき、IRR(内部収益率)を出しますよね。その案件が何%で回ってくれるか、という見込みの利回りです。それをハードルレートと比べて、超えていれば投資する。

  • WACC 6%、案件のIRR 9% → 通る

  • WACC 6%、案件のIRR 4% → 通らない

理由は単純で、その投資に使うお金も、年6%のコストで調達したものだからです。4%でしか回らないものに投じれば、実行した時点で差し引きマイナスが確定します。

(実務では、見込みの甘さを織り込んでWACCに数%上乗せした水準をハードルにしている会社も多いと思います)

ここで気づいてほしいのは、IRRとROICが同じ物差しを使っているということです。

  • IRR vs ハードルレート … これから投じる、1件の見込み

  • ROIC vs WACC … すでに投じた、全部の実績

入口と出口を、同じWACCで見ている。 そう整理すると、両者がつながります。

そして、こういうことが起こり得ます。個別案件はすべてハードルを超えて承認されているのに、全社のROICはWACCを下回っている。 どこかで、見込みが実績になっていないということです。投資後の検証が効いていないサインとも読めます。

4. ただし、ROICは万能ではない

説明する立場なら、限界も一緒に伝えたほうが、かえって信頼されると思います。4つ挙げます。

分母を減らせば、数字は上がる

利益を増やすには時間がかかりますが、投下資本を減らすのは即効性があります。在庫を絞る、設備投資を先送りする、更新を止める。翌期のROICは確実に上がります。そして数年後、競争力を失っていることに気づく。縮小均衡です。

将来のための投資ほど、短期的にROICを悪化させる

研究開発費や人材育成費の多くは、発生時に費用処理されます。BSに載らないので分母には反映されず、分子だけが減る。先を見た投資をするほど、足元の数字は悪くなります。

率であって、額ではない

全社平均ROICが15%の会社に、ROIC 10%(WACCは6%)の投資案件が来たとします。この案件は確実に価値を生むのに、「平均が下がる」という理由で却下されかねません。率(ROIC)と額(EP)は、セットで見る必要があります。

他社と横に比べられない

投下資本の定義は、会社ごとに違います。現預金を全額控除するのか必要分を残すのか、のれんを含めるのか、リース資産をどう扱うのか。同じ「ROIC 8%」でも、中身が揃っていません。

業種の差も相当あります。買掛金が厚い小売や外食では運転資本がマイナスになることもありますし、固定資産をほとんど持たないサービス業は分母が小さいぶんROICが高く出ます。

ですから、「同業のA社は10%なのに、うちは7%だ」という議論は、定義や業種の違いを見ているだけ、ということが起こり得ます。

比べる相手は、他社ではありません。自社のWACCと、自社の時系列です。

5. AI投資は、ROICのどこに出るのか

最後に、いま多くの会社が抱えている論点に当てはめてみます。

分子(利益)に出る場合

以前、AI導入による削減時間がPLのどこに落ちるかという記事を書きました。削減時間が利益になるのは、増員の回避・外注費の削減・残業代の削減・売上増加のいずれかに乗ったときだけです。乗らない削減時間は、分子を1円も動かしません。

分母(投下資本)に出る場合

見落とされやすいのはこちらです。

  • クラウド・SaaS:利用料は費用処理されるので、分母はあまり増えません(導入時のカスタマイズ費用などは資産計上されることがあります)

  • 自社開発・GPU等の設備:資産計上されれば分母が増え、稼働が立ち上がるまでROICは下がります

  • AI関連企業のM&A:のれんが分母に乗ります。買収した事業は、構造的に不利になります

  • 需要予測・在庫最適化:在庫が減れば運転資本が減り、分母が直接小さくなる。ここが最も効きます

同じ「AI投資」でも、分子に効くもの、分母を増やすもの、分母を減らすものが混在しています。一括りにROICで評価すると、判断を誤りかねません。

そして、AI活用のノウハウや人材のスキルという最も価値のある部分は、BSに載りません。分母には現れないまま、費用として分子を押し下げる。前節の「将来投資ほど足元の数字が悪くなる」が、そのまま当てはまります。

6. 自社の運用を点検してみる

すでにROICを回している会社でも、あらためて確認すると抜けが見つかることがあります。

  • [ ] 投下資本の定義が社内で一つに揃っているか(現預金・のれん・リース資産の扱い)

  • [ ] WACCの数値を全社で共有できているか。投資審査のハードルレートと整合しているか

  • [ ] ROICを算出している単位は、投資・撤退の判断ができる単位になっているか

  • [ ] 予算編成で、在庫・売上債権・設備がPLと同じ重みで議論されているか

  • [ ] 分母の削減だけで達成できる目標になっていないか

  • [ ] 率(ROIC)だけでなく、額(EP)でも見る仕組みがあるか

最初の2つが曖昧なまま現場にKPIが下りていると、議論が毎回ふりだしに戻ります。

おわりに

ROICは、PLの言語で動いている組織に「元手」という視点を持ち込む指標です。利益が出ているから良い、とは限らない。 これが伝われば、説明としては半分成功だと思っています。

ただ、指標は運用が長くなるほど独り歩きします。分母を減らせば上がりますし、将来のための投資をするほど悪化する。目標値として置かれ続けているうちに、なぜその指標なのかを誰も説明しなくなる——これが一番怖いところかもしれません。

サステナビリティというと環境や社会の話になりがちですが、事業が続くかどうかは、もっと手前で決まっています。資本コストを下回り続ける事業は、いずれ投資も採用も研究開発も維持できなくなるからです。順番としては、こちらが先にきます。

そして低金利の時代が終わり、超えるべき線は上がってきました。

WACCを超え続けること。それが、金利のある時代の一番地味なサステナビリティなのだと思います。

あなたの会社のWACCは、5年前と比べてどう動いているでしょうか。

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