そのグラス、誰が満たすのか No.6.5
「海外はフラットで、日本は上下社会」。
そう言われることがある。でも、これは少し雑な見方かもしれません。
例えば、英国にはDebrett’sという、社交・マナー・フォーマルな場の作法を扱う有名なエチケットガイドがあります。昔仕事柄お世話になったものなのですが、そこには、席順、ホスト、主賓、乾杯、スピーチといった役割が、かなり明確に書かれている。主賓はホストの右側、ホストは場を取り仕切る——そうした原則が、場の構造としてあらかじめ置かれているのです。
スペイン語圏にも日本と通ずる相手への配慮、上下関係を敬う感覚も浸透しています。つまり、欧米に序列がないわけではないのです。違うのは、序列がどこに現れるか。
英国式のフォーマルな場では、序列は席順やホストの役割として「見える形」で設計されます。誰が迎える側なのか。誰が乾杯を始めるのか。役割は、場が始まる前から決まっています。
一方、日本のビジネス会食では、序列がもう少し、行動の中に埋め込まれていることがあります。
誰のグラスを見るのか。
誰が先に気づくのか。
誰が遠慮するのか。
誰が場を整えるのか。
海外でも、グラスが空にならないように勧めることはあります。ラテン系や地中海の食卓では、むしろ日本以上にどんどん注いでくれます。だから違いは、「注ぐかどうか」ではないのです。
問いは、誰が注ぐのか。
英国式のマナーでは、ワインや飲み物をめぐる配慮は、まずホストの仕事として語られます。注文も、ワイン選びも、ゲストへの気遣いも、場の進行も、ホストの役割です。
一方、日本の伝統的なビジネス会食では、若手や部下が相手の偉い人や自社の上司のグラスを見て、先に動くことが「気が利く」と読まれる場面があります。
同じ「グラスを満たす」という行為でも、それがホストの歓待なのか、目下の気配りなのかで、意味はまったく変わると言うことです。
海外がフラットで、日本が上下、という単純な話ではありません。
どちらにも序列はあります。ただ、その序列がどこに置かれ、誰の行動として現れるのかが、違うのです。
言葉になる前の小さな行動が、別の文化でどう読まれるのか。その文法を知っているかどうかにも、差は表れます。
次に会食でグラスが空いたら、少しだけ見てみると面白いかもしれません。誰が気づき、誰が動くのか。そしてその一杯は、歓待なのか、気配りなのか、役割なのか。
グラス一杯にも、文化は出る。
