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『ウンム・アーザルのキッチン』のこと


 『ウンム・アーザルのキッチン』は国立民族学博物館に勤めた文化人類学者、菅瀬晶子さんの遺著で、福音館書店の月刊絵本『たくさんのふしぎ』シリーズの一冊(2024年6月号)だ。私は刊行すぐに手に取り、ぜひとも『子どもの本でジェンダーレッスン』で紹介したい、と共著者チームに太鼓判で推薦した。
 本書では、菅瀬さんが生前調査地にしていたイスラエル・ハイファで起居をともにしたインフォーマントの女性のある一週間の暮らしを通して、イスラエルでは少数派のアラブ系住民(全人口の21%、約209万人)のうちさらに少数派の9%以下(全人口の1%、約18.5万人)を占めるキリスト教徒の食と生活誌が紹介される。本書に書かれている生活誌は2000年代から2010年代なかばのものだ。
 本書の主人公、ウンム・アーザルは1941年生まれ。ハイファ近郊の農村から14歳のときに父親と出稼ぎに出て以来、ずっとハイファで暮らしている。ユダヤ教徒とムスリムとキリスト教徒が共存する街だ。ウンム・アーザルには工場で働いていた30歳のときに恋愛結婚で結ばれた夫とのあいだに息子と娘が二人ずついる。家の決めた結婚をしなかったことと、働かない夫のかわりにカトリック修道院の厨房係を30年以上務めて家計を支え、子どもたちを育て上げたことが彼女の誇りだ。アラブの氏族社会では、男児を産んだ女性は長男の名前に敬称「ウンム」をつけて呼ばれ、尊敬される。ウンム・アーザルとは「アーザルの母」の意だ。本名は「マリカ」。「女王」の意に相応しい矜恃の人である。
 平澤朋子さんの絵が魅力的だ。本書の表紙と見返しにまず登場する恰幅よく腕たくましいおばあさんがウンム・アーザルで、少数者としてイスラエルの暴政のなかをたくましく生きぬいてきた人だと一目でわかる。セピア色の太く柔らかい鉛筆風の描線と適度に図案化されたリアリズムタッチの人物像と、カラーインクや透明水彩で鮮やかに彩色された食べ物と風景は東地中海の風光を感じさせる。人々の瞳は塗りつぶされて深い。そして、本書のほぼどの画面にも菅瀬さんがいる。ボブヘアの東洋人女性である。本のなかの菅瀬さんは修道院での調理や市場での買い物や葡萄の葉包み作業を手伝ったり、大家族の食卓に加わったりしている。女性の文化人類学者の仕事ぶりをかいまみることができる。
 本書では、日常生活のなかで供される中東料理の代表的なメニューが簡単な作り方とともに紹介される。もちろん文化人類学者の著作だから、エキゾチックな料理本にはとどまらない。本文にもパンデミック後の状況を語る「作者のことば」にも時事解説が詳しく盛り込まれている。1948年の建国以来紛争地でありつづけるイスラエルでは、アラブ系の住民は少数派の先住民だ。アラビア語を主な生活言語とし、ユダヤ教ではない宗教を支持する先住民として差別され、機会を阻まれてきたアラブ系キリスト教徒の女性が自らの人生を切り開く姿が鮮やかに像を結ぶ。
 作中のウンム・アーザルの一週間を紹介しよう。
 日曜日は修道院で30人分の食事を作る。鶏肉とにんじんとジャガイモのスープ、鶏肉のハーブ・ロースト、パセリと挽き割り小麦のサラダ(タッブーレ)、焼き茄子のサラダ(ババガヌーシュ)。中東料理でおなじみのメニューで、大皿でも作りやすい。一気に親しみが湧く。修道院から神父が送迎の車を出してくれる。修道院での仕事を終えて帰宅したウンム・アーザルは、疲れて昼寝する。
 月曜日の朝は「ロザリオの祈り」のラジオ放送を聴きながらアラブコーヒーを煮出して呑み、マァカローネ(マカロンではなく、アニスシードと金ごまを振って焼いたビスケット)を食べる。ウンム・アーザルは修道院から得た謝礼250シェケル(日本円で7000円ほど)を携えて市場へ行く。古くからの顔なじみの店に寄り、一週間の食材を仕入れてくる。頁に広がる市場の場面と、老若男女さまざまにアラブ系イスラエル人の肖像が並ぶ場面が鮮やかだ。
 火曜日は同じアパートの友人たちとお喋りしながら手間の掛かる料理を作り、生活の苦労を分かちあう。同じアパートに住む友人たちはみなアラブ系で、助け合って暮らしている。この日、ウンム・アーザルが友人の夕食の準備を手伝って一緒に作るのは葡萄の葉包み(ワラク・ダワール)だ。ゆでた葡萄の葉で、シナモンと塩胡椒で味付けした米と羊の挽肉をあわせたフィリングを巻く。トルコやギリシアでも作られている料理で、葡萄の酸味が魅力的だ。菅瀬さんも加わってたちまち10人分を巻いてしまう。菅瀬さんの習熟ぶりにウンム・アーザルの友人も驚く。作業が終わってからのコーヒータイムでは、生活の本音がほろりと漏れる。友人同士の会話が挿絵に吹きだしで浮かぶ。この土地では女にかかる家事の負担が大きすぎる、あんなろくでなし(ウンム・アーザルの働かない夫)なんて、追い出してしまいなさいよ、と友人がいう。
 水曜日。もうすぐ結婚する孫娘が料理を習いに来る。羊の挽肉と米のフィリングを用意して、今度はロールキャベツを作る。挽肉と米をなすやズッキーニやパプリカといった野菜に詰めたりキャベツや葡萄の葉で巻いたりする料理、マハシーの稽古だ。孫娘はなんとなくやる気がなくて、ついスマートフォンを手に友人にメッセージを送り合ってしまう。
 木曜日はパンを焼き、校長秘書をしている長女に分ける。長女はウクライナ医学留学中の息子への仕送りを稼ぐのに忙しい。かつては家でパンを焼くのはアラブ人の主婦の役目だったが、いまは店で買う人も多いという。ウンム・アーザルの作るパンはデュラム小麦のパンだ。一週間分のパンを焼いてから、パンの上にザアタル(ギリシアでいうマスティハ)やパプリカなどの野菜やアラブの白い塩辛いチーズを載せたマナイーシュ(ピザのようなもの)を焼く。パンをもらって帰宅する娘の姿を見送るウンム・アーザルが、あの子にも勉強をつづけさせてやりたかった、と言う。ウンム・アーザルの長女と菅瀬さんは同い年だ。ここで菅瀬さんがはっとする場面が強く印象に残る。
 イスラエルでは金曜日の夕方から土曜日の日没までが家族の集まる安息日だ。ウンム・アーザルは腕によりをかけて鍋一杯にムジャッダラを作る。玉葱の微塵切りをオリーブオイルで炒めて一回取りだし、その鍋でレンズ豆を煮て、挽き割り小麦を加えて一緒に炊く。中東一帯にみられるブルグル小麦のピラフで、アラブ系キリスト教徒の金曜日のごちそうだ。肉が入っていないので斎の日にも食べられる。いまはムスリムも食べるようになっているという。長女も、ハイファに住む建設業者の長男も、離れた村に住む会計事務員の次女も入れ替わり立ち替わり「おばあちゃんの料理」を頼って子どもを連れて集まってくる。週末は、大家族のなかで宿題を子どもどうし一緒に勉強しながら大人に見てもらえる機会でもあるのだ。土曜日には西瓜とチーズのサラダを食べ、ウクライナ留学中の孫とはスマートフォンでビデオ通話をする。
 ウンム・アーザルの語録は含蓄に富んでいる。「自分のかせいだお金で生活していたいの、それにつらいことがあっても手を動かしていれば忘れるでしょ」「ずっと働きづめの人生だったけれど、私は満足してるの。子どもたちも孫たちも立派に育ってくれている。全部わたしが育てたのよ。料理の腕だけでね。」
市井の人の暮らしに宿る非凡の輝きである。読みながら、身近なお年寄りのライフヒストリーに思いをはせる読者もあるだろう。インフォーマントへの敬愛と調査地の文化への深い理解に貫かれた好著だ。

 本書は2026年3月現在、電子版で入手することができる。紙版巻末付録「ふしぎ新聞」に掲載されていた「作者のことば ふつうの人の暮らしからみえてくる中東」も併録されている。少数者としてのアラブ系イスラエル人のおかれた状況と、その後のウンム・アーザルの暮らしぶりについて言及されている。2017年にバス停で転んで怪我をしたウンム・アーザルは修道院の仕事を引退し、その後すぐに夫が亡くなっていまは友人や家族に囲まれながら一人でくらしているという。結婚した孫も料理がうまくなり、医学生の孫は医師としてハイファ市内で働いている。 
 紙版刊行の翌年刊行の『たくさんのふしぎ』2025年3月号付録「ふしぎ新聞」に収録された「作者のことば ウンム・アーザルとふるさとの村」では、イスラエルを出て北米やヨーロッパに生きる道を求めたウンム・アーザルの親族のエピソードが紹介されている。このエッセイは残念ながら電子版『ウンム・アーザルのキッチン』には収録されていない。
『ウンム・アーザルのキッチン』は2025年ボローニャ・ブックフェアにおいて「BRAW Amazing Bookshelf 2025 -Sustainability: 17 Goals for a Better Future」(ボローニャ児童文学賞の書棚2025 サステナビリティ:よりよき未来をめざす17のゴール)に選出された。東地中海世界のいまをより多くの人に伝えるためにも『たくさんのふしぎ』傑作選など、なんらかのかたちで「ふしぎ新聞」2024年6月号・2025年3月号掲載分のエッセイも再録した体裁でハードカヴァー化されることを期待している。

☆☆☆

 菅瀬さんとは2010年代からTwitterで親しくおつき合いさせていただいていて、毎日いいねとリツイートとコメントを送り合っていた。同世代でもあって、食べ物と東地中海文化の話で親しくなった。イスラエルのアラブ系キリスト教徒の文化を研究していた菅瀬さんと、古代末期の東地中海世界の宗教文化を研究していた私は隣接領域の友人ということになる。地中海世界の食べ物と多文化性ゆえに困難の多い宗教文化はもちろん共通の話題だった。Twitterがヴァーチャル研究者談話室のように使えた頃で、タイムラインで毎日会っているような気がしていた。
 菅瀬さんは勇敢で懐深く、あたたかい人だった。イスラエルのパレスチナ政策をはじめとする世界のさまざまな非人道的暴政に敢然と抗議し、オリエンタリズム含みでエキゾティックなものとして享受される中東文化うそ情報には粘り強く訂正をほどこし、実像を提示していた。イスラエル政府のパレスティナ政策の惨状に接するたび、なかなか会うことのかなわない調査地の友人たちを案じていた。大きな力に忖度して口をつぐむことなく、あたたかな人間性をもって義を貫く菅瀬さんの姿勢に私はしばしば励まされていた。コーヒーの集い、映画の集いなど、彼女が国立民族学博物館で企画する催しにはいつも気概がぴりっと通っていた。
 2024年秋には、国立民族学博物館の特別展『吟遊詩人の世界』をご案内いただいた。同業の友人とめぐる展示は、ひとりで見るよりもはるかに深く見て、味わうことができる。万博記念公園のなかのピッツェリアでピザを食べながら、本書についてもいろいろとお話をうかがった。ウンム・アーザルと起居をともにするうちに、アラブ人キリスト教徒の文化を考える際にフェミニズムを意識するようになったこと。美味しそうな本であることは大前提だけれど、ただの美味しそうな本ではなく、少数派として苛烈な人生をたくましく歩まざるをえなくなった女性の生きる環境と矜恃がうかびあがるように書きたいと思ったこと。ビターな話題を語らざるをえなくても、美味しそうでないと読者はついてこられないこと。調査地に対して毅然と接してなお友であろうとすること。話は尽きなかった。
 菅瀬さんはがんでの長い闘病生活をへて2025年3月に帰天された。英国出張土産のチェダーチーズを携えて最後にお見舞いにいったとき、もうだいぶお辛かったと思うのだが、いつまでも話が尽きなかった。彼女の心のなかで東地中海の青空が輝いていた。
 帰天されてまもなく2年になる。得難い人だった。天国の悠久の時間のなか、彼女の推し聖人アル・ハディルちゃんこと聖ゲオルギオスにも会えているだろうか。


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