【創作大賞2026エッセイ部門】私は私でいたいのに、私だけではいられない。
私のなかに残るのは、いつも私自身の言葉じゃなくて、誰かの言葉だった。
見たいと思ったドラマにも、読みたいと思って買った本にも、いつだって「誰か」がいた。好きな人の「好き」に触れるたび、私の「好き」は簡単に塗り替わる。反対に、選ばなかったもののなかにも、きっと誰かがいる。その人の苦手や嫌いが、気づかないうちに私の選択を狭めている。
そのことに気がついたのは、大人になってからだった。
思い返してみれば、私は子どもの頃から、好きな人の嫌いなものを避け、好きな人の好きばかりを選んできた。それが私にできる唯一のことだと思っていたからだ。誰かにちゃんと好かれるには、誰かに嫌われないためには、自分の輪郭を少しずつ削って、その人にとって都合のいい形にならなければいけない。そんなふうに、どこかで本気で信じていた。
私の話を聞こうとしてくれる人に出会ったとき、私はすごく嬉しくて、やっと私にも、私の言葉を受け止めてくれる人が現れたのだと思った。でも、「話聞くよ」と言ってくれた人たちから返ってきたのは、否定と誤解のただの文字。あまりにも冷たく刺さって抜けなかった。26年生きてきて、ちゃんとした意味で受け取ってもらえた言葉は、ほとんどなかった気がする。
わたしが心の叫びのような文章を書いても、うまく届かない。誰かに響いてほしいと願いながら綴った言葉ほど、その時点でもう私のものではなかったのかもしれない。誰かに届いてほしいという願いが強くなりすぎると、文章はすぐに、私から離れていく。自分のまま書かなければ、自分のまま選ばなければ、私はきっと、いちばん認められたい人に認めてもらうこともできないのだろう。
そう思ったとき、急に怖くなった。
今見ている景色も、したいと思っていることも、全部、私だけのものではないのかもしれない。私は自分の目で世界を見ているつもりで、ほんとうは誰かの視点を借りて生きているだけなのかもしれない。私の感性はどこへいってしまったのだろうと、夜のなかを探し歩いた。ひとりでうずくまり、震えた夜が、数えきれないほどあった。
それでも、誰かに影響されてしまう理由
私が「人に合わせること」を覚えたのは、たぶんずっと早かった。小学4年生の頃、私は、反抗期を演じることにした。いじめられていた私にとって、それは自分を守るための手段だった。おとなしく傷ついているより、先に尖っていたほうがましだと思った。傷つけられるより尖ることを選んだのだ。まわりのように問題児になることで、省かれる側から抜け出せるような気がしたのだ。
でも、言うことを聞かない私たちに先生が苦しんでいるのが、子どもながらにわかり、子供ながらに葛藤していた。6年になったとき、私は変わろうと決めた。宿題をやっていく。授業中は静かにする。先生の話をきちんと聞く。当たり前のことを当たり前にやる「本当の私」でいようとした。
けれど、周りはそんな私を馬鹿にして笑った。ひとつひとつの声が、小さな身体に容赦なく降ってきた。結局私はまた、卒業するまで反抗期を演じた。どんな私であれば、いじめられずに、省かれずに、普通に生きていけるのか。その答えばかり探していた時期だった。
私がどうしても誰かに影響されてしまうのは、きっと人を好きになりすぎるから。そして、ありのままに自信がないから隠そうとしてしまう。ただの臆病者なのだとおもう。
私はもう、とっくに限界を超えていたらしい2年前。半年間、寝たきりになった。息を吸うだけで苦しくて、涙が出た。身体が重い。痛い。動かない。いつも金縛りにあっているみたいだった。あんなに身を削ってやってきたのに、全部だめになった気がした。休職、うつ、PTSD。そんな言葉たちが、これまでの私を全部否定してくるようで悔しかった。私がやってきたことは、そこにあったはずなのに、何もなかったことにされていく気がした。
今は復職して3ヶ月目。人の評価に敏感になりすぎたり、過敏になった聴覚や嗅覚に苦しんだりしている。私は今も、人のことばかり察して、感じて、考えて、行動してしまう。そうやって生き延びてきた癖が、もう身体に染みついている。
自分がわからなくなった夜
休職をきっかけに一人暮らしをやめ、おばあちゃんの家で暮らすことになった夜のことを、私はよく覚えている。
畳の香り。障子越しに見える細い月。ぺちゃんこな布団の上で身体の痛みに耐えながら、私は泣いた。自由をなくしたことが悲しかったのか、悔しかったのか、もう戻れない日々を思ったのか、自分でもよくわからなかった。ただ絶望していた。
会えるはずだった大好きな人に、私だけが会えなかった日もあった。ようやく会えた日でさえ、うまく笑えなかった。どう見られただろう、変に思われなかっただろうか、そんなことばかり気になった。私はたくさん傷ついてきたはずなのに、今でもなお、人にどう思われたかで自分を苦しめてしまう。そのたびに、その「誰か」を自分のなかから追い出そうとして、心のなかで手足をばたつかせるみたいにもがく。私の感性を取り戻したい。私の「ほんとう」はどこにあるのか知りたい。そう思って、今日もまた、真っ暗な夜のなかを探し歩く。
それでも私は、私でいたい
2026年になって、他者に溶けずに誰かを想う練習をしているところだ。ずっと「憧れ」だと誤魔化してきた気持ちに、私はようやく名前をつけた。恋だったのだと思う。そう認めたとき、私は不思議とわくわくしていた。その人ともし、いつか線と線が交わる瞬間があるのだとしたら、それは私が私をちゃんと認められたときだと思った。
いろんなことを経験して、違う場所でそれぞれに輝いて、そんなお互いをお互いが誇らしく思えたとき。
きっとそのときにしか、本当の意味ではつながれない気がした。私はその人に出会ったから、自分を変えたいと思った。
認められたい、という気持ちはたしかにあった。でも、どう好かれるかばかり考えるのはもうやめたかったのだ。だから私は、一度その人を生活の中心から外してみることにした。部屋の中から、その人を連想するものを少しずつ減らした。スマホのロック画面も、身につけるものも、選ぶ言葉も、全て自分らしいものにしてみたんだ。
そうしてみて、初めて見えてきたものがあった。
本当に自分が見たいもの。読みたいもの。行きたい場所。欲しいもの。着たい服。身につけたいアクセサリー。纏いたい香り。
今までの私なら、好きな人に依存して、どうしたら好かれるかばかり考えていたと思う。でも、私はもう知っている。好きにもいろんな形があることを。恋にも憧れにも、愛にも、それぞれの距離と呼吸があることを。だからこそ、私は私を失うような好きではなく、私を好きでいられる好きを選びたい。
叶わなくてもいい。時間がかかってもいい。嫌われても、誤解されても、それでも私は私を好きでいたい。そんな私が、伝わってほしい人にちゃんと伝わったらいいなと思う。
私はまだ途中だ。揺れる日ばかりだ。
それでも私は、私でいたい。
私を取り戻すための五つの約束
そんなふうに思って、私は自分のためのリストを作った。誰かに好かれるためじゃなく、誰かに合わせるためでもなく、私が私を選びけるための約束だ。
1.自分の「好き」を疑わない
誰かに影響された好きと、自分だけの好きを見極めるのは難しい。けれどひとつだけ、私なりの確かめ方がある。その「好き」を誰かに否定されたとき、私はどう感じるのか、考えてみることだ。
否定されたときに揺れるなら、それは本気だと思う。
どうでもいいものは、傷つかない。
誰かの言葉ひとつで揺れるほど、本当は大事に思っている証拠なのだと思う。私は、自分の恋心ですら否定してしまったことがある。けれど、自分の好きを否定することは、その相手にも、その対象にも失礼だ。本気で好きになれたことは、それだけで誇らしい。だからもう、自分の気持ちに素直で居たい。
2.誰かの「嫌い」で選ばない
私はずっと、誰かの「やめたほうがいいよ」に弱かった。否定される前に自分で一歩引いて、傷つく可能性を減らそうとしてきた。でも、そうやって守ったはずの自分のなかには、安心よりも後悔ばかりが残った。だからこれからは、誰かの嫌いで道を決めない。私が行きたいと思う方向を、私の足で選ぶ。
それはわがままではなく、私の人生に責任を持つということなのだと思う。
3. 一人で決める練習をする
自由に生きようとすると、自分勝手だと思われることがある。その視点を、私は痛いほど知っている。だからこそ、あえて自由になる練習をしたい。
私は29歳になったら、ワーキングホリデーに行くと決めている。行きたい国はニュージーランドだ。自然が豊かで、ずっと憧れてきた場所。一年くらい、自分の知っている世界から少し離れてみたい。好きな人も、推し活も、自分磨きも、仕事も、一度手放してみて、それでも残るものが何なのか確かめてみたい。
離れたくらいで切れてしまうものなら、それまでなのだと思う。逆に、本当に大切なものなら距離では消えない。そう信じたいから、確かめるように、私は私の道を進みたい。
4.働くことで自分を支える
今の私がいちばん向き合わなければいけないのは、働くことだと思う。好きなことを我慢してでも、まずは自分の生活を支えられるようになること。それは現実的で、地味で、でもとても大切なことだ。
今の職場には、私がいないと寂しいと言ってくれる利用者さんがいる。嫌な顔ひとつせず笑ってくれて、ありがとうと泣いてくれた人がいた。そのとき私は、思わず一緒に泣いてしまった。抱きしめたくなるほど愛おしかった。
私は今いる場所に、ずっといるわけではない。いつか先へ進むのだ。だからこそ、今ここでできることをちゃんとやりたい。言葉が出なくても、目が見えなくても、耳が聞こえなくても、分かり合える方法はきっとある。私はどんなときでも安心を与えられる介護福祉士でありたい。私の居場所をつくってくれた利用者さんたちに、今度は私が返していきたい。
5.自分の人生を自分で選ぶ
29歳でのワーキングホリデー。その先には、動物と一緒に暮らす生活がある。ずっと住みたかった街で、自分が本当に心地いいと思える家に住む。綺麗な白いフローリングじゃなくて、和室がある少し古い家。そういう場所で暮らしたいと思うのは、誰かの憧れを借りたからではなく、私自身が落ち着く風景を知っているからだ。
誰かがいるから行きたい、ではなくて、自分がいいと思った場所へ行く。誰かに自分勝手だと言われても、私にとってはそれが、自分を満たして生きるということなのだと思う。
死ぬときに、行きたかった場所、やりたかったこと、叶えたかった夢ばかりがエンドロールみたいに流れてきたら、私はきっと耐えられない。だから後悔しないように、自分の人生を自分で選びたい。
それでも人を想ってしまう私へ
私は、ひとりで生きていく。
そう言い切れるほど強い人間ではない。
今日だって、この文章を書いている今だって、私のなかにはいろんな人がいる。その分、いろんな想いがある。誰にも染まりたくないと思いながら、誰かを想ってしまう。誰かを大事にしたいと思いながら、自分を失いたくないとも思う。
昔の私は、その矛盾を弱さだと思っていた。
でも今は、それだけではないのかもしれないと思う。
誰かを想えることも、自分を守りたいと思うことも、どちらも私の本音だ。どちらかだけが本物なのではなく、揺れながら両方を抱えていること自体が、たぶん私なのだ。
桜舞い散る道で、わたしはしあわせだよって綺麗に微笑む。相手は誰だろう。振り返らずに歩いていく自分を想像することがある。ひとりでも幸せだと笑える日が来たらいいと思う。でも、その日が来たとしても、私はきっと誰かを想うことをやめないのだろう。それでいいのだと思う。
もう、誰かを想うたびに、自分を失わなくていい。
もう、誰かの言葉ばかりを自分のなかに住まわせなくていい。私は私でいたい。
それでも、私だけではいられない。
その矛盾ごと抱きしめながら、私は私を生きていく。なんて愛おしい日々だろう。
