物語を書く理由 book review
『オイレ夫人の深夜画廊』
斉藤洋・作
偕成社 2016
地下鉄の車内で『ルドルフとイッパイアッテナ』の中吊り広告を見かけた。映画化され、この夏、上映されるらしい。多くの読者は、このイメージだろう。この著者のルドルフも白狐魔記のシリーズも好きだが、もしベスト
はと問われれば、私は迷わず『ドローセルマイアーの人形劇場』を選ぶ。そして、これは『ドローセルマイアーの人形劇場』、『アルフレートの時計台』に続く一連の物語だ。
ある小説家の言葉がふと脳裏に浮かんだ。『人が、なぜその小説を書かなくてはいけなかったのかが伝わってくるものを評価する』。
著書は数知れないが、この一連の物語が私はこの著者の原点なのではないかと感じている。数年前の引越しで、大量の本を手放したが、この一連の著書は今も私の本棚にあり、折に触れて見返すことがある。
『オイレ夫人の深夜画廊』は、三部作目にあたる。舞台はドイツの町、イェーデシュタット。一部では出発の町。二部では再会の町。そして、今回は出会いの町。出会うのは誰かではなく、自分自身だ。
語り手のフランツは、ベルリンからミュンヘンに向かう途中、イェーデシュタット駅に降り立った。大雪で列車が停まり、もう動かない。今夜はこの町で泊まることになる。
突然のことだったが、切符の有効期限はまだ5日残っている。食堂もホテルも見つかった。このまま雪が降り続いて、明日、列車が動かなくても、なんとかなりそうだ。
偶然、駅の食堂でオイレ夫人の深夜画廊のうわさを聞いた。一階は古本屋で二階は画廊。夜間専門でもいかがわしい店ではないらしい。ただ、開くのは夜だけ。興味を覚えたフランツは、ホテルに荷物を置くと、早速、深夜画廊を訪ねてみた。
オーナーのオイレ夫人とは、当然初対面だ。にもかかわらず、本音がもれてしまう。ベルリンの学生で、この春からミュンヘンの大学に移ること。フランツの専攻は哲学で、続けるつもりだけれど、このごろ、ちょっと…。 要は迷っているのだ。自分が何をしたいのか、何をすべきなのか…。
この店でフランツは幼少の頃に作った、木彫りのライオンに出会う。小さい頃、近所にあった建設材をあつかう店のおじさんに作ってあげたものだ。フランツは木をナイフで削って動物などを作るのが好きだった。おじさんには、よく木材の切れ端をもらいにいった。
おじさんが戦争に行くとき、木で作ったライオンをプレゼントした。そのライオンが、今ここにある。なぜ…。
不思議な出来事が次々に起きるが、偶然ではなく、すべてが必然のように思える。人は誰もが、人生の中で何かのヒントに直面する。気づかないのは、気づきたくないからだ。一部では、運命が扉をたたくとき、二部ではき
っかけ、そして三部ではヒントと表されるが、そのどれもが人生の転機だ。無視してしまえば、日常に埋没する。昨日と今日、明日を安易につなげばいい。
フランツはそうしなかった。自分が何をしたかったのか気づいた時、行き先を変更してベルリンに戻ることを決意する。彼だけではない。他の語り手たちもそうだった。エルンストもクラウスも。
登場人物を変え、モチーフを変え、物語を変えても、著者の思いはひとつだ。転機は誰にでも訪れる。大抵の人は気づかなかったふりをする。でも、逃さないで欲しい。
同人誌『季節風』掲載
