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〔漢〕張平子『四愁詩』漢文訓讀+現代語譯

原文はWiktionaryより、但し異体字に修正あり。其他は筆者に由る。

※ 以下の動画と合せて食用すると美味しいかもしれません。

張衡不樂久處機密,陽嘉中出爲河間相。時國王驕奢,不遵法度,又多豪右幷兼之家。衡下車,治威嚴,能內察屬縣,姦猾行巧刼,皆密知名,下吏收捕,盡服。擒諸豪俠,遊客悉惶懼逃出境。郡中大治,爭訟息,獄無繫囚。時天下漸弊,鬱鬱不得志,為四愁詩。依屈原以美人為君子,以珍寶為仁義,以水深雪雰為小人,思以道術為報貽於時君,而懼讒邪,不得以通。其辭曰:

張衡久しく機密に處ること楽しまず、陽嘉中に出て河間相と爲る。時に國王驕奢にして、法度遵はず。又豪右幷兼の家多し。衡車を下りて,治むるに威嚴あり,能く屬縣を內察し,姦猾にして巧刼を行ふもの,皆密かに名を知り,下吏をして收捕せしめ,盡く服す。諸豪俠を擒へ,遊客悉く惶懼し逃れて境を出る。郡中大いに治まり,爭訟息み,獄に繫囚無し。時に天下漸弊へ,鬱鬱として志を得ず,四愁詩を爲す。屈原に依りて美人を以て君子と爲し,珍寶を以て仁義と爲し,水深雪雰を以て小人と爲し,思ふに道術を以て為し時君に報貽せんとす。而して讒邪に懼れ,以て通ふを得ず。其辭曰く:

Tyaukau fisasiku kimitu=ni woru koto tanosimazu, Yauka-tyû=ni ide=te Kakansau=to naru. toki=ni kokuwau keusya=ni-si=te, faudo (fapto) sitagafazu. mata gauiu-feiken=no ife ofosi. Kau kuruma=wo orite, osamuru=ni wigen ari, yoku zokuken=wo naisatu si, kankatu=ni-si=te kaukefu=wo okonafu mono, mina fisoka=ni na=wo siri, kari=wo-si=te siufo-sesime, kotogotoku fuku-su. syo-gaukeu=wo torafe, iukyaku kotogotoku kauku-si nogare=te sakafi=wo iduru. gun-tyû ofoi=ni wosamari, sausyou yami, goku=ni keisiu nasi. toki=ni tenka yauyaku otorofe, utuutu=to-si=te kokorozasi=wo ezu, Sisiusi=wo nasu. Kutugen=ni yori=te bizin=wo motte kunsi=to nasi, tinpau=wo motte zingi=to nasi, suisin-setufun=wo motte syaunin=to nasi, omofu=ni dauzyutu=wo motte nasi zikun=ni faui-sem=to-su. sikausi=te zanzya=ni osore, motte kayofu=wo ezu. sono zi ifaku:

張衡は、長く朝廷の機密に関わる地位にいることを好まず、陽嘉年間に宮中を離れて河間郡の相(長官)として赴任した。当時の河間王は驕り高ぶって贅沢をきわめ、法を守ろうとせず、また豪族や有力者が兼併を行う家が多かった。張衡が着任すると、その統治には威厳があり、配下の県の内情をもよく察した。姦猾で悪事を働く者の名を密かに把握し、下級役人に命じて逮捕させると、みな罪を認めて従った。豪侠を名乗る者たちを捕らえ、遊侠の徒たちも皆おそれおののき、郡境の外へ逃げ出した。郡内はよく治まって、訴訟はなくなり、牢に囚人は一人もいなくなった。しかし時間が立つと、天下は次第に荒れ乱れ、張衡自身も鬱々として志を遂げることができず、そこで「四愁詩」を作った。屈原にならい、美人を君子のたとえとし、宝玉を仁義のたとえとし、水の深さや雪の降りしきるさまを小人のたとえとした。自分の政治の方法で当時の君主に報いようと思いながらも、讒言や邪悪な者を恐れ、その志を通すことができなかったのである。その詞に言うには──

一曰

我所思兮在太山
欲往從之梁父艱
側身東望涕霑翰
美人贈我金錯刀
何以報之英瓊瑤
路遠莫致倚逍遙
何爲懷憂心煩勞

我思ふ所太山にあり
往きて之を從はんとすれば 梁父艱し
身を側めて東望すれば 涕翰を霑らす
美人我に金錯刀を贈る 何を以て報いん 英瓊瑤
路遠く致す莫からんや 逍遙す
何爲れぞ 憂ひを懷きて 心煩勞す

ware omofu tokoro Taizan=ni ari,
yukite kore=wo sitagafam=to sureba, Ryaufu katasi
mi=wo sobamete toubau-sureba, namida kan=wo nurasu
bizin ware=ni kinsakutau=wo okuru, nani=wo motte mukuim eikeieu
miti towoku itasu nakaran ya, seueu-su
nansurezo urefi=wo idaki=te kokoro fanrau-su

私の思い人は、泰山のあたりにいる。
会いに行きたいけれど、梁父丘は険しくて登るのが難しい。
身を横に向けて東を眺めれば、涙が筆を濡らす。
美しい人は、私に金の象嵌の刀を贈ってくれた。
どうやってその恩に報いればいいのか──瑤玉のような宝を返せばよいのだろうか。
けれど道は遠く、届けるすべもないので、ああ、ただ物思いに沈むばかり。
どうして私はこんなにも憂いを抱え、心を煩わせて疲れ果ててしまうのだろうか。

二曰

我所思兮在桂林
欲往從之湘水深
側身南望涕沾襟
美人贈我金琅玕
何以報之雙玉盤
路遠莫致倚惆悵
何爲懷憂心煩傷

我思ふ所桂林にあり
往きて之を從はんとすれば 湘水深し
身を側めて南望すれば 涕襟を沾らす
美人我に琴琅玕を贈る 何を以て報いん 双玉盤
路遠く致す莫からんや 惆悵す 
何為れぞ憂ひを懷きて 心煩傷す

ware omofu tokoro Keirin=ni ari.
yukite kore=wo sitagafam=to sureba, Syau-sui fukasi.
mi=wo sobamete nanbau-sureba, namida kinu=wo nurasu.
bizin ware=ni kinraukan=wo okuru. nani=wo motte mukuim saugyokuban.
miti towoku itasu nakaran ya, tyûtyau-su.
nanisurezo urefi=wo idaki=te kokoro fansyau-su.

私の思い人は、桂林のあたりにいる。
会いに行きたいけれど、湘江の水は深く、渡ることができない。
身を横に向けて南を眺めれば、涙が衣の襟を濡らす。
美しい人は、私に琅玕のように澄んだ音色の琴を贈ってくれた。
どうやってその恩に報いればよいのか──二枚の玉の皿を返せばよいのだろうか。
けれど道は遠く、届けることもできず、ああ、ただ惆悵の思いに沈むばかり。
どうして私はこんなにも憂いを抱え、心を悩ませて傷ついてしまうのだろうか。

三曰

我所思兮在漢陽
欲往從之隴阪長
側身西望涕沾裳
美人贈我貂襜褕
何以報之明月珠
路遠莫致倚踟躕
何爲懷憂心煩紆

我思ふ所漢陽にあり
往きて之を従はんとすれば 隴阪長し
身を側めて西望すれば 涕裳を霑らす
美人我に貂襜褕を贈る 何を以て報いん 明月珠
路遠く致す莫からんや 踟躕す
何為れぞ憂ひを懷きて 心煩紆す

ware omofu tokoro Kanyau=ni ari.
yukite kore=wo sitagafam=to sureba, Rouhan nagasi.
mi=wo sobamete seibau-sureba, namida mo=wo nurasu.
bizin ware=ni teusenyu=wo okuru. nani=wo motte mukuim meigetusyu.
miti towoku itasu nakaran ya, tityû-su.
nanisurezo urefi=wo idaki=te kokoro fan’u-su.

私の思い人は、漢陽のあたりにいる。
会いに行きたいけれど、隴山の坂道は長く、険しく続いている。
身を横に向けて西を眺めれば、涙が衣の裳を濡らす。
美しい人は、私に貂の襟付きの衣を贈ってくれた。
どうやってその恩に報いればよいのか──明月のように輝く珠を返せばよいのだろうか。
けれど道は遠く、届けるすべもなく、ああ、ただためらいの思いに寄りかかるばかり。
どうして私はこんなにも憂いを抱え、心を煩わせて苦しんでしまうのだろうか。

四曰

我所思兮在雁門
欲往從之雪紛紛
側身北望涕沾巾
美人贈我錦繡緞
何以報之青玉案
路遠莫致倚增歎
何爲懷憂心煩惋

我思ふ所雁門にあり
往きて之を従はんとすれば 雪紛紛たり
身を側めて北望すれば 涕巾を霑らす
美人我に錦繡緞を贈る 何を以て報いん 青玉案
路遠く致す莫からんや 增歎す
何為れぞ憂ひを懷きて 心煩惋す

ware omofu tokoro Ganmon=ni ari.
yukite kore=wo sitagafam=to sureba, yuki funpun-tari.
mi=wo sobamete fokubau-sureba, namida kinu=wo nurasu.
bizin ware=ni kinsiudan=wo okuru. nani=wo motte mukuim seigyokuan.
miti towoku itasu nakaran ya, zoutan-su.
nanisurezo urefi=wo idaki=te kokoro hanwan-su.

私の思い人は、雁門のあたりにいる。
会いに行きたいけれど、雪が激しく降りしきっている。
身を横に向けて北を眺めれば、涙が手巾(てぎれ)を濡らす。
美しい人は、私に錦繍の絹地を贈ってくれた。
どうやってその恩に報いればよいのか──青玉の台を返せばよいのだろうか。
けれど道は遠く、届けるあてもないので、ああ、ただ嘆息するほかない。
どうして私はこんなにも憂いを抱え、心を煩わせて嘆き悲しむのだろうか。

  1. 「倚」、「猗」に通じて感嘆の助詞。「倚りて」→「~んや」(ああ)


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