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いすみ市に移住して(一年目の所感)


60年も暮らした東京を離れ、いすみ市に移住して、ちょうど1年。
新生活の雑感を記す。

いすみ市について


人口、33,821人。
いすみ市の、5月の出生数10人、死亡者62人。
毎月、こんな感じ。
移住先を検討しているときに実感したけれど、いま日本中がこんな感じなんだろうな。
全国744自治体が「消滅可能性自治体」といわれ、移住者に補助金を出したりしてる。けれど、日本の人口が減り続けているのだから、移住者というパイを奪い合うゼロサムゲームではなく、住民が幸せに暮らせる町だから移住者が集まる、という因果関係のほうが健全だと思う。

平成の大合併で2005年(平成17年)に夷隅町、大原町、岬町が合併して「いすみ市」となった。
新聞によれば平成の大合併で誕生した市の大多数が深刻な財政難に陥っているのだとか。いすみ市は移住先として人気といわれるけれど、財政状況はやはり厳しいみたい。

岬の長者町には孫文や蒋介石が革命運動の会談をしたという梅屋庄吉の別荘 がある。一方、大原の駅前には千葉県最初の自由民権運動が発展した竹屋旅館後の碑がある。面白い土地柄だと思う。

いすみ市の「いすみ」が夷隅と書くことを知ったのは家を探しているときだった。
「夷」という字の差別的なイメージを避けたのかな。
自分は東京生まれだし、カミさんも東京暮らしの方が長いのだけれど、二人とも東北(蝦夷)がルーツなので、その隅っことしての「夷隅」の名を知って、かえって嬉しかった。

くらし雑感

きょん


きょんは頻繁に見かけるけれど、畑は高さ1mの網で囲うだけで防げるから、市民と共存している感じ。
イノシシに比べれば可愛いものだし、ましてや(千葉にはいない)クマと比べれば。

彼らはいつも、のんびりしているので、心を和ませる。
「いすみ」の「きょん」という、ひらがなの並びもよい。
夜中に客人を驚かせるホラーな鳴き声だって、慣れてしまえば気にならない。

スーパーにはBBQ用のきょんの肉が少しだけ置いてあるけれど、美味しいという話は聞いたことがない。

鮮魚


スーパーで買う魚、とくにアジ、イワシなど青魚が美味い。
カツオやマグロは近海物でなくても、やはり安くて美味い。
流通コストは東京と変わらないはずなのに、不思議。
タイムセールで半額の値札を見ると、つい想定外のオカズが一品が増えて、日本酒も一合増えてしまう。
イセエビと並んで特産の地ダコは値段も高いけれど、噛むほどに味がでるのでモーリタニア産のタコとは同名異人のサザエやスルメに近い酒肴。

東京のスーパーでは見ることのない魚が並んでいることも多いので、今年中には魚を下ろせる男になりたい。

飲食店


一品づつの量が多い。
腹を減らしたサーファー客が多いのか、腹が減る仕事の人が多いのか、飲食店は総じて量が多め。味付けは濃く、甘め。
スーパーのお惣菜屋も同じ傾向なので、地域の味なのだろうな。

名物に美味いものナシ。勝浦タンタン麺に関しては、そんな印象。

オーガニックの町と相性がいいのか、絶品のカレー屋が多い気がする。
東京でもよく見かけるネパール人のカレー屋が開店したけれど、やっていけるのか心配。
週末の観光客が多いからか、営業日が金土日、土日月など営業日の少ないお店が多い。
そうかと思えば、水曜だけ営業なんていうお店もある。
平日は都内で仕事をして週末はお店を開けに来るという働き者もいれば、飲み屋で飲食店の大将をみかけることも多い。
Googleマップにある「◯◯時まで営業」はあてにならない。
客がいれば延長するし、いなければ早仕舞いしてしまう。
総じて、なんというか、あまりガツガツしていないのだな。
他の地方のことは知らないので、あくまで「東京に比べて」なんだろうけど。
そういえば、東京でも店賃に追われない店は、のんびりしてるところが多かった。

「すません、一人なんだけどいいですか?」と暖簾をくぐる旅先の楽しみが、移住1年を経ってもまだ残っているのは、ありがたい。
「地方のスナックには駐車場がある」、嘘ではないけれど、それほど甘くもない。
飲み歩く中で先輩方の多くが免許取消処分の憂き目に合っていることを知った。
比較的近所の代行屋さんは高齢化のため、看板を降ろしたという。
昨年(2024年)から自転車の飲酒運転が(酒を提供した人も)罰則が法制化され、取り締まりが強化された。都会からも減っている赤提灯、厳密に法律を適用したら、絶滅してしまうだろう。
サイクルジャージにヘルメットでやって来た老人。話を聞いたら◯◯からという。地図でしらべたら、距離で15キロ、道程で20キロはある。
イノシシもいれば、鹿もでる。転んだら朝まで発見されないかも。
呑助の壮絶な執念を感じる。

無人販売


地方をドライブすると、ときどき見かける不気味な案山子がたくさん並べられた軒先。
それが野菜の無人販売所なのだと気がついた。
車を止めて野菜を買ってみる。
指定の場所にお金を入れると小銭が正面の納屋へと滑り落ちていく。
納屋のなかに人がいるか否かは、わからない。
パノプティコンみたいで、監視カメラなんかよりスマート。

神社


八王子のニュータウンから国立市に移った時、土地の神様(谷保天満宮)があることに、なんとも言えない安心感を得た。
いすみ市に越してきて、神社仏閣の多さに驚いている。
それらはとても野性的で、国家神道っぽさがない。
パワースポットというのだろうか、無神論者で信仰心をもたない自分でさえ、神秘的なエネルギーを感じて、腹の底から笑いのようなものが込み上げてくる。


大きな山がなくてダムが作れないためか、小さな堰がたくさんある。
自転車で15分の範囲内に5個以上ある。
どれも鬱蒼とした木々に囲まれ、緑色の水面を湛えて静寂に包まれている。
人がいるのを見たことがなく、見れば入水自殺を心配して通報されてしまいそうな、決して観光名所にならない自分だけの散歩の名所。


梨街道と呼ばれる道路があるくらい、梨が有名な場所だと、住んでから知った。
送料をかけてまで知人に贈りたくなる名物があるというのは有難いもの。
梨の登り旗が上がって早々に行ったら、すでに土地の人たちで混み合い、皆、何枚も送り状を書いて小さな小屋が活気に満ちていた。

海水浴


太東海水浴場は駐車場もシャワーも無料。
夏休みに出かける海水浴場しか知らない自分にとっては、小さな驚き。
お隣、上総一ノ宮市の花火大会が正面に見えるはずと思い行ってみたら、案の定レジャーシートを広げている人たちがいた。海面に映える花火が新鮮。

シーズンの海水浴場としては広大な九十九里浜の南限にも関わらず、とっても狭く制限されている。離岸流のためか、サーフスポットの片隅に申し訳程度に確保されている。
そのぶん、安全管理は行き届いているから、家族連れに特化しているのかな。

草刈りで汗だくになったままバイクで出かけて、作業着のままひと泳ぎして戻ったら、上陸した半魚人みたいな目で海水浴客に見られた。
帰路、国道を飛ばすと夏の夕方なのに震えるくらい寒くなった。

花火


役所に問い合わせると、残念なことに花火が許可されている海岸はナシだと。
河原や公園も全国的に禁止らしいから仕方がない。清掃が大変なのはわかるけれど、世知辛い世の中だな。「花火、OK」で町おこしとかできないか。
もっとも、役所の人は「そんなこと聞かれたことない」と言っていたので、構わずやってる人もいるのかも。
あるいは、花火を楽しむような年齢の若者はもういないとか。
遊びに来た孫と手持ち花火をやるなら、庭でじゅうぶんとか。

映画


映画を見るには、蘇我まで行く。そこからシャトルバス。
午後の時間を予約をしても、午前中に出かける必要があるし、帰宅は夕方か夜になる。
チケット代以上の電車賃が必要だし、一日が映画だけで終わってしまう。
シネコンなので、ポレポレやイメージフォーラムでやるような映画は望むべくもない。
渋谷、東中野、吉祥寺、立川、府中、昭島、映画を観るのには、恵まれていたのだな、くにたちライフ。


茂原の不動産屋さんが「いすみ市の人って元気な人が多いんですよ」と言った。
1年くらして、ホントにその通りだなと思う。
男の人は声が大きいし、女の人はハイテンション。

言葉は江戸っ子のべらんめえと茨城が混ざったかんじ。
地元の人に言わせれば、荒っぽい漁師言葉なのだと。
多摩地区では聞かれず、北千住や浅草で聞かれる江戸っ子の口調に近くて親近感がある。
夷隅と大原と岬が合併したいすみ市で、それぞれの地区で言葉が違い、話せばどの地区の人か分かるそうだ。

線路上に倒れた竹の影響で電車の到着が遅れるという。
それを駅長さんが電車を待つ人、一人ひとりに丁寧に説明して謝っている。のどかだなあ。
でも、予約した映画に間に合うんだろうか、とハラハラ。
なんとか間に合い、上映が始まると客は3人。のどかだなあ。

読みたい本は極力、書店で注文する。
くにたちでは増田書店、いすみ市に越してからは斎藤書店。
何冊かまとめて注文するので連絡が来るまで2,3週間はかかる。
店内に入ると店長さんと近所のおじさんが世間話に興じている。
申し訳ないけど割り込んで、
「あのぉ、本が来たと連絡もらったんですけど」
「あ、三浦さんね、はいはい」
レジで支払いを済ませると、近所のおじさんが、
「お、面白そうなの読んでるね」
東京標準ではかなりプライバシーに踏み込んだ行動だと思うけれど、ぜんぜん悪い気はしない。
「ええ、新聞の書評で読んで面白そうだったので」
それだけの会話だけれど、コンプラ疲れが癒される。
ちなみにその本は『国家神道と天皇制』(島薗進)。

空気


昭和40年代の日本のドラマや映画では旅行やドライブのシーンで両手を広げて「空気がおいしい!」というシーンがよく見られた。
最近はあまり見なくなったけれど、東京から戻って電車を降りると、同じことを感じて同じことをする。
飯は多くて一日三食、空気は1日2万回も吸っている。
空気のごちそうを満喫するため、なるべく窓を開けて寝る。

田んぼに囲まれているので、湿気を伴う夏の暑さは過酷だ。
けれど、西側の山(というか崖)のおかげで、夕方早めに日陰ができる。
日陰は涼しいし、陽が沈めば気温は下がる。
都会ではアスファルトが朝方まで暑いし、気温は室外機の温度。思い出すだけで、げんなりする。
田んぼから水が抜かれると、湿度が下がり同じ温度でも格段に過ごしやすくなる。
去年、一度だけ玄関前でホタルをみた。
陳情を受けたような気がしたので、家の前の小川とも言えない水たまりの菖蒲を刈らずに放置している。


房総半島を選択した時点で長野県のような清流は、あきらめている。
お酒も澄んだ清らかな水のような感じよりは、発酵に注力している酒造が多い。
蕎麦も同様、残念だけれど仕方がない。

減農薬や有機栽培に力を入れ新自由主義に抗うように見えるいすみ市なのだけれど、4月から上水道管理がヴェオリアに委託されてしまった。
世の流れとはいえ、これまた残念で仕方がない。

極私的雑感


たんぼが好き、広いから


46年前、高校に通うようになって電車を使うようになった。
品川駅の手前で地下鉄(都営浅草線)が地上に出る時の開放感を今も憶えている。
成人して定年退職する年齢になっても、電車が多摩川や浅川を渡るとき、スマホや本から目を離し、外を見ずにはいられなかった。
広い景色が好きなんだと思う。
外房線から見える海や広がる田んぼの景色は1年経っても、まるで飽きることがない。

海も好き、広いから


海が見えなくても、空に浮かぶ雲が、海がそこにあることを教えてくれる。
だから夏に空を見るだけで、ワクワクしてくる。
風が潮の香りを運んでくる時もあるけれど、自転車は1年で錆びサビになった。

海のある生活に憧れていたけれど、自分が憧れていたのは磯のある海だった。
磯らしい磯はかなり南下しないと見当たらない。
サーフィンなんかできなくていいから、カニのいる潮溜まりが欲しかった。
まあ、その気になれば車で30分もあれば、磯はあるのだから、贅沢を言ってはいけない。
磯がないけど急がない、サンデー毎日の身の上。

いすみやに有機玄米を取りに行った帰り、たばこを1本吸うためだけに海に行く。
リアゲートを開けて座り、波の音を聞き、雲を眺め、たばこを吸う。
対象の無い、あるいは全てに対する感謝の気持ちでいっぱいになる。
贅沢ってこういうことなんだろうなあ。

修学旅行の朝


ある朝、外でカミさんが呼んでいる。
面倒くさいな、と思いながらサンダルをつっかけて出てみると・・
「おお~」
ここれは、修学旅行の朝の空気だ。
「ね?」とカミさんが笑う。

昭和の残照


40年以上飲み歩いているけれど、太田和彦のようなグルメにはならない。
もちろん、店主に顔を憶えてもらおうなんて、思わない。
理想の飲み屋は「演歌の花道」のセット。ポイントは昭和臭さの一点。
いつからかそれは、飲み屋に限らなくなった。
地方には昭和がたくさん残っている。
自分のような人間には宝庫とさえ思える。
10円で動くサトちゃんが店頭に健在な薬屋さん、
〇〇学校指定とある文房具屋に洋品店、
懐かしく愛おしいのだけれど、購入するものは何もない。
ただ、そのお店がその町にあるというだけで、嬉しいし有難い。
そんな、商店が大原にも長者町にも、椎木にも上総一ノ宮にも、たくさんある。
けれども、大きな声では言えない。
古民家カフェと違って、好きで昭和を維持しているわけではないだろうから。
でも、そこがまたいいんだなあ。

外房線のボックス席が好きだ。外がよく見えるから。
夜遅く東京で用事を済ませて帰る時、ボックス席を確保できれば、疲れていても眠ったりしない。
電車が速度を落とし駅が近づくと、赤提灯かスナックの灯りが1つか2つ。
お店の佇まいや名前から物語を空想して「いつか、暖簾をくぐってみたいなあ」なんて。
電車が停まると、照明に照らされたホームは映画みたいで、「一晩、あそこにずっと居てみたいなあ」なんて。
雨が降っていたりすればもう、エンドロールが流れてきそうで、観てもいない映画のラストシーンにジーンとしちゃったり。

極極私的雑感


東京からの解放


東京に行くのは泊りがけ。
2,3泊して戻ると、翌日は何もできないほど、疲れてしまう。
ここまで早く田舎に順応できるとは、いや、東京に適応障害になるとは、自分でも大いに意外。

四半世紀も国立市に住んだので、知り合いも増えて、SNSのイベント招待機能などもあり、いろいろなお誘いを受けるようになった。
ありがたいことではあるのだけれど、行く気もないのに「行けたら行く」と返すのは申し訳なくて、心が痛む。
移住によって、そこから解放された。
スルーすることに心理的な抵抗がなくなった。
なにしろ東京は遠い。電車賃だけで往復5千円以上かかるから、他の予定を絡めて調整し、一泊か二泊する必要がある。
つまり、「東京でのイベントには基本、参加できない人」になった。
逆に言えば、惹かれるイベントには「行こうと思ったら行ける」という絶妙な距離でもある。

根無し草


東京に60年住んでたけど、故郷という気がしない。
実家は兄と母が住んでいるけれど、新しい建物になっている兄(とその嫁)の家でしかない。
下町にあこがれて20代と30代を過ごした北千住にも愛着はあるけど、やはり故郷という気はしない。
東京がそうであるように、北千住は故郷を捨てた人たちの町だからかもしれない。
25年住んだ国立市も、もちろん故郷という気はしない。
住み始めた時点で40歳を超えていたのだから。

生まれ育った場所を故郷とよぶには、お墓がなくてはならない。
自分を含む多くの日本人は、もうお墓に入れないだろうから、ほとんどの日本人は故郷を失った根無し草なんだと思ってる。
ディアスポラのような悲劇ではなくて、転勤族の子供のように、淡々と暮らすだけのこと。お墓のない私たちにとっては、居心地の良い場所があれば、そこが故郷(ふるさと)、でいいと思う。

隣人


人生で最大の失敗は八王子市のニュータウンの片隅に2年間だけ住んだこと。
娘が生まれたその町を、私たちは逃げるようにして国立市に引越した。
国立市は彼女を育て巣立ちさせてくれた、大きな恩のある町。
とはいえ、彼女が国立市を故郷と感じることは、ないだろう。

私のような根無し草でさえ、いや、根無し草こそ、隣人は大切だ。
八王子の失敗が隣人関係にあったので、今回の選択には、これを重視せざるをえなかった。
平穏でさえあれば、安住の地であり臨終の地となるはずのこの町も、隣人関係が悪ければ、根無し草は落ち着く先をまた探さなくてはならない。

幸運にも家の内見に行く度に、顔を出してくれた隣人は同年代の絵に描いたような好人物だった。
なぜかFaceBookの「知り合いかも」欄に不動産屋さんの顔が現れるようになった。
ということは、隣人も見ているかもしれない。
気持ち悪い?いえいえ、素晴らしいことではないですか。
FaceBookで本名と人柄をさらけ出している自分を隣人として迎えてくれるのであれば、八王子のような(カルト絡みの)失敗はない。
気に入らない仕様ばかりのFaceBookだけれど、意外なメリットがあるものね。

田舎育ち、都会育ち


地方で育って都会に出てくる人を一般的とするなら、自分はその逆ということになる。
ところが、他界した米沢市の叔母の遺品から私の小学3年生のときのハガキが出てきて、そこに「ぼくはいつか、(米沢のような)土の上でくらします」と書いてあった。自分でも忘れてしまうくらい長年の夢だったのだな。

国立市を離れる理由を聞かれた時には「せっかく地球に生まれたのだから、それを実感できる暮らしを一度くらいはしてみたい」と答えた。

地方で育った男子の多くがコメリで売っている多くの商品の使い方を知っているのではないだろうか、敬意を抱くようになった。
自分は知らないことが多すぎることを思い知ったから。
40年もキーボードを打つばかりの毎日だったのだから仕方がない。
詰め込んで身につく年齢ではないけれど、手と頭を使い小さなエピソードを組み合わせれば、知識や技術がまだ少しは身につくことが1年間のDIYリフォームで確認できた。
ネットを味方にして、ぼちぼちやる。

勝手に育つものを食うこと


国立市でも市民農園を10年以上やっていたので、自分の畑で育てた野菜を食べると、実際以上に美味しく感じることは知っている。
自分の子供のピアノ発表会みたいに、贔屓目に見てしまうから。
フキノトウ、タケノコ、ヤマブキ、ハリギリ、タラの芽、ノビル、桑の実、のいちご、梅、柿、栗、柑橘類などは、それとはまた別の心理的な美味しさがある。
なかば勝手に生えてくるので、農より狩猟に近い喜びがある。
大げさにいうと「自然によって生かされている」ことを実感する。
この「勝手になってるもの」と畑の野菜を相手にしていると、四季を通して無賃労働に事欠かない。しかも、隙間には草刈り作業がぎゅうぎゅうに詰めなので、1年があっという間に終わってしまう。
どれも命令されてやるわけではないし、気分じゃなければ怠けてもいい。
傍目にはノンビリ暮らしているように見えても、物置と押入れのなかは未だに片付かない引っ越しの段ボールが山積み。ノンビリし過ぎているからかもしれないけれど、通学路で旗を振るボランティアは、もう少し先になりそう。

たくさんの生き物に囲まれて暮らしてみたら、不思議と死への恐怖が薄まってきた気がする。
畑では害虫認定した生き物をばんばん殺しているし、耕運機をかければミミズがのたうち回る。草の上を歩くだけで、アリやダンゴムシを踏み潰しているはず。
ある雨上がりの晩に車を走らせていたら、道路がアマガエルで天の川のように光っていた。
自分の命だけが特別なわけもなく、みなと同じように死んでいくのであろうと思えることが、なぜだか嬉しく、死の恐怖が和らぎ、生の終わりを幸せな予感のように受け止められるようになってきた。そんなような気がする。

血糖値


定年退職の直前には保健室から電話が来るほど上昇したHbA1cが、移住してから、下がり続けている。
運動どころかウォーキングすらしていない。草刈りをしてる程度にも関わらず。
食事は野菜が増えたけど、お酒はもっと増えている。
にも関わらず、γ-GTPは下がり続けて、二桁にまでなった。
これは30歳で検診項目が加わり測定を始めて、初めてのこと。
来年には3か月に一度の検診も不要になりそう、と医者はいう。

なにも努力をしていないから、リバウンドは考えられない。
結局、ストレスがすべてだったんじゃないの?
なんて思い始めている。


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