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無意味で不条理でいとおしい季節

これは希死念慮とか自殺願望とかっていう話では全くなくて、もっとカジュアルな、全然シリアスではない感情。だから、精神状態が悪いとかでも全くないという注釈はつけておく。
電車に揺られているときとか、晴れている日に歩いているときとか。あくびをしながら、眠いな〜、って思うのと同様に、死にたいな、って思うことがある。本当にあくびと同じ感覚だと思う。だから、全くもって深刻ではない。電車なら、まああるかもしれないけれど、でも外を歩いているときに欠伸をして「眠いな」と思ったとして、「よし、じゃあいまから寝るぞ!」とはならなくて。それと同じで、「よし、じゃあいまから死ぬぞ!」とはならない、全く。

何度も言っておかないと誤解されそうなのできちんと書いておくけれど、精神状態が不安定なわけでは決してなく。むしろ超健康で、普通に生きていたいと思ってる。
あくびする人の中にだって、ちゃんと起きていたいという意思を持っている人はたくさんいるだろうし。それと同じで、なんていうか、生理的現象に近いものと思っていて欲しい。自分の意思とは一切関係なく発生する類のもの。希死念慮とも違う。別に全然死にたくなんてないから。死にたいな、と感じるその一瞬だけを切り取ったとしても、別に死にたいわけではない。でも、寝たくなくたってあくびってするし。それと同じ。

でも思い返せば、この現象は夏に多いんよな。夏って楽しい瞬間はたくさんあるんだけど、ふと一人になったときの現実に戻される瞬間にめっちゃ悲しくなる。
図書館に差し込む木漏れ日とか、青空の下の錆びた自動販売機とか。友達と別れた後の電車の返り道とか。
授業中の廊下みたいに、今まさに授業が行われてて時間は進んでいるのに、自分だけ時の流れが止まったような気になるあれみたいな感じ。
そういう瞬間にふと死にたくなる。あくび的に。

とにかくあくび的な死について。気を取られた瞬間に寂しくなって、ふと我に返ったとき、手元に残っているのは強烈なノスタルジーと漠然とした死への欲求だけ、みたいな。そういうことがよくある、夏に。

夏。夏と冬ってよく比較されがちだけど、夏の青空と冬の青空ってどちらの方がより本物っぽいかと思うと、冬の青空の方が本物っぽいと思う。本物とか偽物とかそんなんないけど。
冬の空って、ちゃんと天井みたいに蓋をされているような感じがするんよな、個人的に。青天井はまるで真逆の意味だけど。
とにかく、冬の空は天井にペンキで空を描いたみたいな、そこに実物として空があるように思える。
一方で、夏の空はどれだけ手を伸ばしても届かない感じがする。
どこまでも突き抜けていて、先が見えないが故に青が広がってるみたいな。
ともかく、デカすぎて途方もない印象を受ける。それこそ青天井。
そこに空があるというよりかは、「空(から)」「空(くう)」とかのemptyの印象。
夏は不条理。虚無感。
空じゃなくて、ここには空っぽがあるんだなって。それが空なんだろうなっていう、余計なワンプロセスを挟むというか。
なんか論理関係が微妙だけど。
自分はそう思うかも。

夏ってイケイケのイメージの傍ら、ふとした瞬間に何かが潜んでる。
前の日記にも描いたけど「フリードリヒと初夏の平衡」って曲の「夏がお前を殺しにくるやってくるから」って歌詞マジで好きすぎるんよな。
夜中のコンビニの灯りに意識がいく一方で、そのままなんとなく暗くなったイートインスペースに目が向かう。それと同じこと。棚の奥の教科書とや埃をかぶったぬいぐるみとは訳が少し違う。

マジで死にたいわけでもないし、夏に殺されるほど弱くはないけど。本当に心配しないでほしい。
むしろ、朝起きて、外へ出て、空をみて。それでも心が動かなかったら、その時こそそれが最期だろとも思う。かも。

自分的には結構満足したものができた気がする。
よかったら見てください。

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