随02| シータの最期
2026年3月7日/記
(敬称省略)
この歳になると、さすがに死がだんだんと身近になってくる。知人の幾人かはすでに亡くなったし、これから我が世代にもラッシュがやってくるだろう。先日、古い仲間が集まった会に顔を出して、和気あいあいとした時を過ごした。別れ際に私は、〈 生きている内にまた会おう 〉と言って、皆に呆れられた。友人たちと直に会う機会が少なくなったし、歳をとると時間はあっという間に過ぎ去る。次の保証はない、だから冗談抜きで先の発言となったのである。
死について深刻に考えるタチではないけども、順調な老化によって、自分の「最期(さいご)」も思考の対象範囲に入った。が、予測がむずかしい案件である。老化が教えるところに従えば、身体的な苦痛は避けようがないように思える。ただ、痛みの程度、期間の長短は予測不能である。精神面となると、もっと分からない。苦しいのか、恐怖なのか、絶望なのか、いやいや安堵、安心、あるいは嬉しく、楽しいかも。結局、不明点が多すぎて、思考停止ということになる。
野良猫シータ
最期という意味では、時々思い出すのが、数年前に亡くなった猫のシータである。純白で切れ長の目をしたメス猫だった。15年ほど前、妻が外出から帰ったら、玄関先で彼女に出会ったそうである。まだ子猫のようで、あいにくの雨に濡れて、情けない姿だった。餌をやったら、そのまま自宅の濡れ縁の下に住みついた。
自分からやってきたくらいだから、人なつこい性格なのかと思ったのだが、そうではなかった。餌をもらう時以外は、近づくと威嚇の〈 シャー! 〉、である。その時は初冬で、本格的な寒さはこれからという時期だった。妻が発砲スチロール製の小屋を造って濡れ縁下に置いたら、何の抵抗もなく、あっさりもぐり込んだ。もちろん礼の一言もないし、近づけばやはり〈 シャー! 〉、である。
寒さがますます厳しくなってきたので、このままでは可哀想だと、家の中で飼うことにした。まずは餌で玄関内に誘き寄せたが、締め込まれたのを知り、恐怖心にかられて必死の大暴れ。体は小さいが、爪は鋭い。そのため、いろいろな被害をこうむったけども、詳細は割愛しよう。
先住猫の風太
我が家には先住猫がいた。風太という名のオス猫である。まんまる目のとぼけた顔の茶トラ猫だ。野良をしていた時に交通事故に遭い、動物病院に保護されていたのを譲り受けた。
彼は我が家に到着して、その日のうちに懐いて、触っても抱いても嫌がらなかった。しかし、食い意地が張っていて、目にしたものはなんでも口にするし、洗い場のシンクも荒らす。部屋に飾っていた花をことごとく食い散らかし、電気機器のコードを齧り、洗濯機のホースまで囓った。また、時々野生に戻るのか、急に部屋中を駆け回り、私が寝てる時でもジャンプしてドカンと胸や腹の上に乗っかってくる。彼の体重は5キロ余り、けっこうな重さがあるので眠っている身には大衝撃である。
シータの方は、真反対の静けさで、深窓の令嬢のように振る舞い、優雅である。物音を立てることは滅多になく、どこにいるのか分からないので困る。2階の妻のベッドの下を自分の部屋と決めているらしく、夜はそこに寝ることが多い。野良時代に人の手で酷い目にあったのか、触らせない、抱かせない。足で触るのは大丈夫のようなので、足でナゼてやった。5年くらいして、ようやく手でナゼナゼすることが許された。そうなると、彼女も気持ちがよくなるらしく、トローンと呆ける。その隙を狙って抱き上げるのだが、少し間を置いて、自分が何をされているかに気がつくと、大慌てで逃げる。
相性は?
シータを家猫にする際に心配したのが、先住の風太との相性である。獣医さんに聞くと、オスとメスでも上手くいくとは限らないという返事だった。相性が悪いと血を見る喧嘩もある、とも。で、実際に引き合わせてみたら、風太はシータの匂いを少し嗅いで、〈 ふーん、俺はかまわんぜ 〉といった態度。敵対する様子もなく、かといって関心もない、といった様子だった。
驚いたのはシータの態度である。いつの間にか風太にすり寄っていくようになり、明らかに〈 好き 〉という感情を見せる。風太の方は、相変わらず〈 俺はかまわんぜ 〉といった鷹揚な態度で、稀にはシータの肩を抱いてやるような素振りをする。しかし、退屈紛れに首に噛みつくこともあり、シータから〈 シャー! 〉の反撃を受ける。翻訳すると、〈 オニーチャン、ナニヲスルノ! 〉という意味であろう。そうするとすぐに止めるのが風太の良いところで、シータは再びすり寄る。そんな日々が続いた。だが・・・。

障害を抱えて
シータには生まれつきの障害があった。肛門近くの腸の一部が変形していて、排便に難があったのである。歳を取ってくると、何かの拍子で便がせき止められ、溜まるようになる。溜まり方が酷くなると、食事をしても吐いてしまう。苦しそうだし、病院に行くほかないのだが、それがまた難事業なのだ。風太なら簡単で、キャリー・ケージを傍に置いて、〈 おい、病院に行くよ 〉と一声かければ、楽しそうだと勘違いして自分からケージに入る。シータはそんなわけにはいかない。ビビりで警戒心が強く、いざとなると凶暴となり、鋭い爪で抵抗する。革手袋を用意し、ネットで捕獲専用の網を買い、まずは小さな部屋に誘き入れ、大暴れする彼女を確保する。
腸の器官的障害なので薬では治らず、手術も困難ということで、獣医さんが小さな腸に指を突っ込み、便を慎重に掻き出すしかなかった。全身麻酔が覚めた頃に迎えにいくのだが、疲れ切った姿を見るのは辛い。
便を掻き出した後、しばらくは大丈夫なのだが、また何かの拍子で溜まり始めるので、再び大格闘をしてから病院へ連行する。それを数回繰り返した頃、ある日からピタリと、まるで意を決したかのように食べなくなった。そして、自分の部屋である薄暗いベッド下に引きこもるようになった。
猫は死期を悟ると身を隠すという話を聞くが、そんな感じだ。たまにガリガリに痩せた姿を見せることもあったが、苦しそうではないので、そっとしておくことにした。
窓からの眺め
そんな状態が続いたのだが、ある日、シータが2階からヨタ、ヨタ、ヨタと、全身を使って懸命に階段を下りてくるのを見かけた。どうするのかと思ったら、1階リビングの掃き出し窓の前まで這ってきて、外を見ている。そう、そこは彼女の大好きな場所である。
彼女はよく窓越しに外を見ていた。野良時代が彼女の原点なので、外の世界への郷愁があるのだろうか。一度だけ脱走をして外に出たことはあるが、すぐに帰ってきて、それからは外に出ようとしなくなった。窓から眺めるのが良い、ようである。風太と一緒に眺めていることも。

風太もいる家族団らんの場であるリビングで、以前のように過ごすシータ。もう2階に戻る力がないので、寝床を用意してやるとそこで寝た。
そして2日後の昼間のこと、窓辺に寝そべったまま外を眺めていたシータが、一瞬、空を仰ぎ見る仕草をするなり、ガクリと床に顔を伏せた。それが彼女の小さな心臓が止まった瞬間だったようである。私は狼狽えてしまい、すぐには駆け寄れず、しばらくしてから彼女の死を確認した。静かな、美しい最期であった。
追記
1年後には風太も旅立った。病気になって、短い間にドタバタと足掻いて死んだが、それはそれで風太らしい最期だったように思う。さて、私はどうか・・・シータの真似は無理だ。たぶん、風太タイプだろうな。
(随02| シータの最期 おわり)
