オタクやめたあとのことを真剣に考えてみた【全文公開】
2025年11月の文学フリマ東京で頒布したZINE『オタクやめたあとのことを真剣に考えてみた』(完売済み・再販予定なし)の全文をnoteで公開します。途中まで無料で読めます。
オタクがオタクじゃなくなるとき
「ジャンルは変わってもオタクは死ぬまでオタク」っていうあれ、もしかしたら嘘かもしれない。
十代前半のうちからフルスロットルでアイドルを追いかけ続けて、はや二十年超。三十代に突入したあたりで、あ、もう満足したかも、と感じる瞬間が現れ始めた。ライブは行ける範囲でいいかも。グッズは最低限でいいかも。出演番組は見れたら見るかも。毎日毎日あんなにもアイドルのことばかり考えて、リソースの限りを尽くして全力でオタクをやってきたのに、そしてこの生き方は一生続くのだろうと覚悟していたのに、この落ち着きようは一体なんなんだ。
これまでは、アイドルに対する熱が下がるタイミングというと、他に応援したい対象が現れたときだった。Aくんだけに集中して注がれていた熱が、Bちゃんに移行したり、AくんとBちゃんとCさんに分散されたりしても、それらの熱の総量はほとんど一定だった。ところが今は、その総量が明らかに低下しつつある。今までみたいに狂えないのだ。一日であっちの会場とこっちの会場をハシゴしたり、地方公演のチケットを手に入れてすぐ新幹線に飛び乗ったり、すさまじい量の写真を積み上げたり、情報を逃すまいとSNSにかじりついたり、そういうのってものすごく楽しいけど、冷静なときにはなかなかできない。
そう、私は冷静になってしまった。それには私の生きてきた年数が少なからず影響していると思う。なにごとも年齢のせいにはしたくないし、「いい歳してアイドルオタクなんて」とは思わないけど、生きているとやっぱり、いろいろなことがある。そのいろいろなことが、私から「なりふりかまわなさ」のようなものを少しずつ奪っていく。
冷静になった要因のひとつは、人生を客観視したことだ。友人知人のライフステージの変化を目の当たりにしたり、仕事で責任感を求められる場面が増えたり、家族の生活が変化したりするなかで、自分の人生を客観的に見つめ直さなければいけない機会は増えていく。きっとこの先も増え続けるだろう。すると、冷静になる。私、これからどう生きていくんだろうな。何を楽しみにして、何を生きがいにして、どうやって人生を充実させていくんだろう。アプリのバックグラウンド状態のように、そういう思考が脳の隅っこで常に起動し続けている。思考はバッテリーを食う。考える量に反比例して、アイドルに注ぐ熱量は落ち着いていく。
もうひとつは気力の低下だ。たとえばコンサートに行ったり映像を見たりして、極端な興奮状態が続いたとき、そこで得られる快楽と疲労のうち、後者の割合がほんの少し増えた。アイドルの応援を通じて脳内で快楽物質をどばどば分泌させることが何よりのエネルギー源だったのに、そのドーパミンがなければ、こんな世の中、生き抜いていけない! とすら思っていたのに、ないならないで平気だということに気がついてしまった。極端なドーパミンに頼らなくても生きていけるくらいには、私は強い大人になれた。いつの間にか、なれてしまっていた。
最後のひとつは、ある程度の満足感が得られたこと。約二十年間のオタク人生の中で、ものすごく嬉しいことも、ものすごく悲しいことも経験してきて、その上限と下限がなんとなく見えてしまった。限界がわかると飢餓感は薄れる。今でもコンサートは大好きだし、ものすごく行きたいけど、何公演入っても「あと五百回見たい!」と言っていたころに比べると、それよりは少ない回数で満腹になりつつある。腹八分目で箸を置くことも覚えた。
「いいや、それでも私はオタクなんだ、私の人生にはアイドルが必要だ!」と言い切るためのエネルギーが、もう残り少ない。ついこの間まで胸を張って言えていたのに。
二十代のころ、「もうオタクなんてやめたい」と何度も思った。それでも絶対にやめられなかったから、これはもう永遠にやめられないものなのだと思っていた。今は「オタクをやめたい」なんて思っていないのに、いつかやめちゃうかもな、という気持ちがぼんやりと頭を覆っている。
今すぐやめたいわけじゃない。明日にはどこかのアイドルに心を奪われているかもしれないし、アイドルではない他の何かに狂ったように熱を上げているかもしれない。でも、たとえ明日そういう出会いがあったとしても、この先死ぬまでオタクであり続ける自信はなくなってしまった。「いつかオタクを完全にやめてしまう日が来るかもしれない」という、これまで考えたことのなかった可能性について考えなければならなくなったのだ。
そこで今から、「オタクがオタクじゃなくなるとき」のことについて、目をそらさずに向き合ってみようと思う。
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