短編 特殊能力保持者の憂鬱
大浦 洞は前代未聞の特殊能力を保持していた。
その能力とは、通常の状態から
自身の思考の【スイッチ】を入れると
自分の脳内の思考速度が100倍に跳ね上がるという、規格外の能力だった。
つまり、スイッチを入れた瞬間、彼の脳内は現実の1秒が100秒に、1分が100分に引き伸ばされた時間の中で物事を考えることが出来たのだ。
しかし、加速されるのは思考のみで
身体の動きは物理法則に則った通常の動きなので
大浦 洞の視点で見てみれば
脳の中の思考は通常モードだが、自分を含めた世界の動きは、通常速度の100分の1のスローモーションを見ているような、遅い動きなのだ。
この様な凄い特殊能力だったが、大浦 洞には有効な使い道を見出せなかったし
友達に自慢したくても、どうやったらその能力を証明できるのか考えつかなかったのである。
唯一、自分のために有効利用できたのは
突然の突風に、前を歩く女性のスカートがひらめく瞬間にスイッチを入れられたことだった。
100倍に引き伸ばされた時の中で
大浦 洞はゆっくりめくられていく、スカートの下の光景を、脳内に刻み込むように睨んでいたのである。
そんな呆けた毎日を過ごしていたある日
けたたましくJアラートが鳴り響いた。
画面に映し出されたのは、海洋上などではなく日本本土に向け、彼の国からミサイルが撃ち出されたとの警報だった。
玄関先に飛び出し、グルグルと空を見渡す大浦 洞。
視線を真上に移すと大浦 洞の真っすぐ上に、キラリと太陽の反射で一瞬光った物体が目に入った。
どんどん大きくなっていく物体。
ここで大浦 洞は思考スイッチを入れる。
100倍に引き伸ばされた時の中でもミサイルかどうかは見極めることは出来なかったが、あんなものミサイル以外に考えられないという結論に至った。
そして、スイッチを入れてしまった事に
徐々に後悔するようになっていく。
それは上空で破裂するように爆発を開始した。
光は丸く膨らみ、蕾が咲くように、あるいは海月が水中で開くように、
柔らかく、そして凶暴に形を変えていった。
色は白に、そして次第に黄味を帯びて、金属的な輝きへと変わっていく
【し、しまったあ! こ、これじゃあ
生殺しじゃあないかああぁぁぁ!】
引き伸ばされた時の中でじわじわと迫ってくる耐え難い熱の中で、大浦 洞は迷いながらも、思考スイッチを切ると
流れ始めた時は〘 ボッ!!〙という音とともに
大浦 洞は人型の壁の染みを残して塵となって消え失せたのである。
どのくらいの時間が経ったのだろう。
気が付くと大浦 洞は立ち昇るキノコ雲を上空から見ていた。
わけがわからなかった。
確かに自分は爆発で吹き消されたはずなのに!
「わしの付与した能力を堪能していただけたかな?」
後ろからそんな声が聞こえた。
振り向くと白髪に、長く白い髭、白い衣に杖をもっているおじいさんだった。
大浦 洞は口をパクパクさせた後
「あんたのせいで酷い目にあったんだぞ!」
そう叫んだ後に大声で罵詈雑言を並べ立てた。
大浦 洞がひとしきり言い終わった後
そのおじいさんは、ニヤリと笑い、パチンと指を鳴らすと
大浦 洞を取り巻く景色がグルグルと回りだし
気が付くと、引き伸ばされた時の中で
ゆっくりとミサイルが落ちてくるのが見えた。
目の前の状況を見た大浦 洞は、あのおじいさんが時間を戻した事に気が付き
誰にも届かない意識の中で
【ごめんなさーーーい!】
と何度も何度も叫び続けたのである
