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トラジック掌編              チ・ケーロ! te quero!


陽菜とイサオの中学生時代挿話↑
――――――



速度メーターの中のデジタル表示は午後9時を少し過ぎていた。
片側2車線の国道の交差点で、信号待ちで止まり、並んだ隣の車の運転席を見てイサオはハッとした。

  陽菜 …

そう認識したすぐ後に、反射的にクラクションを短く鳴らしていた。
驚いたような顔をしている陽菜に向かって、急いで助手席側の窓を開け

「ひな」
と言って軽く手を振ると、陽菜は嬉しそうな表情を見せてくれた。

俺は前の方角を示すように、人差し指でちょんちょんとつつくようなジェスチャーをすると、陽菜はOKサインのジェスチャーを返してくれた。

イサオは、路肩に止める少しの間に、陽菜との出会いに高まっている自分の胸を沈めようと、やっきになっていた。

「陽菜、元気?」

「うん。イサオはどう?」

何年ぶりかで偶然に出会ったふたりは、そんな他愛もない出会いの挨拶を交わし、少し先にあるファミレスに行くことにした。

移動中、イサオは中学生時代に陽菜と付き合うキッカケになった時のことを思い出していた。

当時のイサオと陽菜は、学校が終ると一緒に帰ることが多かった。

イサオは、陽菜が誰に対しても自然に心を開き、そっと相手の懐に入り込んでしまうような人懐こさに惹かれていた。

一方で陽菜は、イサオの静かに寄り添うような優しさと、どんな時も包み込むような大らかさに、いつしか安心を覚えるようになっていた。

そんなふたりの帰り道、イサオは、自宅とは反対の方角の陽菜の家まで自転車を押して送り届けていた。
そんな優しさを見せるイサオに、陽菜は忘れたと嘘をついて借りた、教科書の下の方に小さく

【好き♡】
と書いて告白し、ふたりが恋人としての付き合いが始まったことを思い出していた。

ふたりは中学を卒業した後も付き合っていたけれど、お互いが進んだ高校は遠く離れていた。
活動的なふたりにとって、新しく出来た同級生達との日々は忙しく過ぎていき
結局、2年に進学する頃には自然消滅してしまっていた。

「陽菜さ、俺、こんなふうに会えるなんて、なんかドキドキしちゃってるよ」

「ふふ。相変わらずイサオはストレートね。 嬉しいよ。」

ふたりは、離れていた時間をなぞるように、静かに言葉を重ねていった。

イサオは陽菜の前に手を伸ばすと、陽菜は応えるように手を重ねてきた。
あの頃と何も変わらない陽菜の温もりを感じていると、陽菜はまっすぐイサオを見つめイサオの手を握り返してきた。

会計を済ませたイサオは、ファミレスの駐車場に停めてある自分の車の助手席のドアを開けると、乗り込もうとする陽菜の手を取り、自分の方へ引き寄せ唇を重ねた。

「ずっと、こうしたかったの…」

陽菜はそう囁くと、首に回した腕でイサオを引き寄せ、そっと頬を重ねると
熱を帯びた吐息をイサオの耳元にひとつこぼした。



夜の闇がふたりを包み込み、言葉よりも深いものが、身体を絡み合わせるふたりのあいだに流れていた。
ふたりは、失われていた時間を取り戻すように激しく求め合った。

イサオの部屋のカーテンを開けると、月明かりが部屋に滑り込み、ベッドに横たわる汗ばんだふたりの輪郭を、淡く、青く染め上げた。

以前のふたりは、キス以上の関係には踏み込まなかった。
けれど今、陽菜の背にそっと手を滑らせて抱き寄せたとき、イサオの胸には、陽菜に対する言葉にできないほどの愛おしさが満ちていた。

「陽菜、今度こそ俺は陽菜を大切にするよ」
静かにそう口にすると

ゆっくりと身を起こし、イサオの下唇を口に含んだ後

「ありがとう」

小さく呟いた後、手を伸ばし、下からイサオを抱き寄せた


曖昧な空模様が続く日々。
雲は低く垂れこめ、光も影も、輪郭を曖昧に溶かしてゆく。
通り沿いには、気づけば紫の花々が静かに咲き揃い、濡れた舗道に淡く映っていた。
そんなある時、陽菜からイサオにメッセージが届いた。

【少し前に結婚したお姉ちゃんの所に、次の休みの日に付き合ってくれないかな?】

そんな内容だった。

【わかった。なんか緊張するよ】

イサオはそんなふうに返信した。

当日、イサオは花屋に立ち寄り、色とりどりの花々に、惜しげも無くあしらわれたカスミソウに包まれた大きな花束を用意し、はじめて会う陽菜のお姉さんに

「おめでとうございます」

そう言いながら、ぎこちない所作で渡した。
そんなイサオの様子を見た陽菜は、吹き出しそうなのをこらえていたが、それとは対照的に、陽菜のお姉さんは

「とっても素敵、ありがとう」

そう言って喜んでくれた笑顔は、陽菜に良く似ていて
垂れ込む灰色の雲には似つかわしくない、晴々としたものだった。



中途採用で働き始めてから二ヶ月が経ったイサオの職場は、市内中心部にある九階建てのホテル。
その最上階に位置するスカイレストランで働いている。

レストランのシフトは平日のみが休日と決まっていて、陽菜と休みを合わせるには有給を使うしかない。
そんな事情もあって、ここしばらく、ふたりはゆっくり会える時間を持てずにいた。
それでも仕事の合間を狙って陽菜に電話をかけると、少しの間を置いて陽菜の声が届いたが、その声は沈み込んでいる印象をイサオは持った。

「大丈夫?何かあった?」

すぐに口にしたイサオに、陽菜は口ごもりながら言った。

「ごめんねイサオ。私、イサオのこと好きだから正直に話すね。聞いてくれる?」

イサオは戸惑った。
きっと良くない話しなのは、細かいことを気にしない性格のイサオにも感じ取れた。

「わかった」

そうひとこと言って陽菜の声をもらさないよう、電話を耳に押しつけた。

「私ね、少し前にインフルエンザで寝込んじゃた時があったの。
その時にね、寝ないで看病してくれた人がいて、その人にこの前結婚したいと言われて、私、それを受けたの。」

その時のイサオは、陽菜の言っている意味が良く理解できなかった。
何をどう応えたらいいのかわからなくて黙ったまま陽菜の続ける声を聞いていた。

「私、お姉ちゃんの幸せそうなウエディング姿を見て、結婚ていいなぁってずっと思ってたの。

イサオと久しぶりに会った時は、彼と気まずい状態で、こんなふうに付き合いが続くと思ってなかったの。

 隠しててごめんね 」


イサオは固まったまま動くことが出来なかった。
口を開くことも出来なかった。
ただただ身じろぎすら出来ず立ちすくんでいた。

「怒っているよね、ごめんなさい」

その声を聞いて、やっと口を開いた。

「おめでとう」

それからのことは覚えていない。
正確にいえば、電話を床に落とし立ちすくんだままだった。

遠くから流れるBGMは、イサオの気持ちとは対照的なアップテンポのジャズが聴こえる。
イサオは何も考えられないまま、その場所を後にした――



陽菜は電話の着信履歴からイサオの名前を表示させたまま、指を動かせずにいた。
そんな場面をどこかで見ているようにイサオからの着信を伝える画面が映った。

愛しいイサオの優しい声…
陽菜は込み上げる気持ちを無理やり抑え込み、イサオに話し始めた…

―――――

陽菜は少し前に体調を崩し、診察を受けていた。
不意の腹部の痛みと微量の出血。
病院で告げられたのは、初期の流産だった。
そして、その後に続いた医師の言葉は、彼女の人生を変える一言だった。

「子宮内膜が極端に薄く、妊娠を継続するには非常に不安定な状態です。
出産まで至るのは、かなり困難でしょう。
仮に妊娠できても、高リスクです」

陽菜には言われた言葉がうまく頭に入ってこなかった。

待合室に戻り、灰色の雲を見ていると、無邪気なイサオの顔が陽菜の頭に浮かんだ。

ずっと堪えていた陽菜の目から大粒の涙がポロポロと流れ落ち、いつしか声を出して泣いていた…


―――――

「おめでとう」

こんな時でもそんなことを言うイサオを想うと、陽菜の胸は張り裂けるように痛んだ。

「嘘ついてごめんね」

電話口から消えてしまったイサオの声を追うように呟いた陽菜は
電話を胸に抱え込み
膝から崩れ落ちた後、涙を流しながら床に伏せていた――。




イサオの後日談







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