スマホ位置情報の令状問題 ―米国が9年遅れで到達した場所
マンボウの「海外ニュースクリップ」〈2026年7月9日号〉
1件の強盗事件の捜査のために、事件と関係のない一般人の位置情報までもが、内容の粗い令状ひとつで警察に渡っていた。ある場所・時間帯にいた携帯電話の利用者全員の位置情報を、Googleなどから一括して開示させる捜査手法がある。「ジオフェンス令状」と呼ばれるこの手法に、米連邦最高裁が初めて歯止めをかけた。もっとも、判決が確立した「携帯電話の位置情報にはプライバシー保護が及ぶ」という原則自体は、日本の最高裁が9年前の2017年にすでに打ち出したものと重なる。だから、本当に注目すべきなのは、日本が先だったという事実そのものではない。先に原則を示した日本が、その後何をしてこなかったかである。
🔍🇺🇸【IT・社会】スマホ位置情報をめぐる令状問題 ―日本の最高裁は9年前にすでに答えを出していた
ソース:SCOTUSblog(2026年6月29日)、NBC News(2026年6月29日)、ABC News(2026年6月29日)、米連邦最高裁判所意見書 Chatrie v. United States, 609 U.S. (2026)
経緯・背景
事件の発端は2019年5月、米バージニア州ミッドロシアンの信用組合で起きた強盗事件である。手がかりは、防犯カメラに写った犯人が犯行直前に携帯電話で通話していたらしい、という点だけだった。捜査は行き詰まり、約1カ月後、警察官はGoogleに対して令状を取得する。犯行現場から半径150メートルの範囲内にいた携帯電話の利用者全員の位置情報を、事件前後2時間分にわたって開示せよ、という内容だった。Googleは当初19人分のデータを提出し、そこから絞り込みを重ねた結果、オケロ・チャトリー被告が特定された。同被告は武装強盗などの罪を認め、約12年の実刑判決を受けたが、この位置情報の取得は令状主義に反するとして争い続けていた。
ジオフェンス令状は、この事件に限らず全米の捜査機関で広く使われてきた手法である。複数の巡回区控訴裁判所の間で合憲性の判断が割れており、この事件が最高裁まで上がったのも、下級審の判断がまとまらなかったという事情による。第4巡回区控訴裁判所の3人の合議体は2対1でチャトリー被告の訴えを退けた。その後、裁判官全員による審理のやり直し(大法廷再審理)が行われたが、結論は、位置情報の取得が「捜索」に当たるかどうかという肝心の憲法判断には踏み込まず、警察官が善意で行動したという理由だけで有罪を維持する、わずか1文の法廷意見にとどまった。連邦最高裁は今年1月に上告を受理し、4月に口頭弁論を開いたうえで、6月29日に判断を示した。
判決の要旨
連邦最高裁は6対3で、警察がこうした形で位置情報を取得する行為は憲法修正第4条上の「捜索」に当たると判断した。多数意見を書いたケーガン判事は、携帯電話の位置情報について「個人はそのプライバシーに合理的な期待を持つ」と述べ、情報がGoogleという第三者企業に保管されていることは保護を失わせる理由にならないとした。米政府側は、利用者が自らの意思で位置情報をGoogleに渡している以上、憲法上の保護は及ばないと主張していたが、最高裁はこれを退けた。ただし最高裁は、チャトリー被告に対する令状そのものが適法だったかどうかについては判断せず、相当な理由に基づく十分に絞り込んだ令状だったかを下級審で改めて審理させることにした。ジオフェンス令状という手法自体を禁じたわけではない。反対意見を書いたアリート判事は、下級審がすでに善意の例外を認めていた以上、多数意見の憲法判断そのものが不要な回り道だったと批判した。人権団体側はこれと対照的に、無差別な位置情報収集に歯止めをかける重要な前進として判決を歓迎している。
米国内では、この判決を2018年のカーペンター対米国判決の延長線上に位置づける見方が強い。カーペンター判決は、通信会社が保有する携帯電話の基地局記録(一定期間の大まかな位置履歴)についても令状が必要だと認めたものだった。今回の判決は、その考え方を、Googleのようなサービス提供者が保有するより精密な位置情報にまで広げた。そのうえで、「本人の同意で第三者に渡した情報は保護されない」という従来の考え方(第三者法理)は、位置情報のように本人の意思とは無関係に自動で生成され続けるデータには当てはまらない、と明言した点に意味がある。
日本の最高裁は9年前に同じ答えを出していた
この判決が示した原則、つまり携帯電話の位置情報には憲法上のプライバシー保護が及び、警察がそれを取得するには令状が要る、という考え方は、実は目新しいものではない。日本の最高裁判所大法廷は2017年3月、大阪府警が令状なしに被疑者らの車両19台にGPS端末を取り付けて約6カ月半にわたり追跡した事件について、全員一致でこれを違法と判断していた。理由づけもよく似ている。位置情報を継続的・網羅的に取得する捜査は、憲法が保障する私的領域への侵入に当たり、令状なしには許されない、という論理である。なお、この2017年判決に至るまでの弁護団の戦いは、主任弁護人を務めた亀石倫子弁護士による『刑事弁護人』(講談社現代新書、2019年)に詳しい。
しかも日本の最高裁は、米国の判決よりもう一歩踏み込んでいた。既存の令状の枠組みである検証許可状(本来は現場や物の状態を確認するために使う一般的な令状)では、この種の捜査の特質に対応しきれない。そのため、専用の法律を新たに作ることが望ましい、と立法府に向けて名指しで注文をつけていたのだ。
両国の事件は、捜査の対象が広がりすぎたという点でも重なる。大阪府警のGPS捜査は被告人らの車両だけでなく、事件と無関係な被告人の知人女性の車両にまで端末を取り付けていた。チャトリー事件のジオフェンス令状も、犯人と無関係な19人分の位置情報をまず洗い出すところから始まっている。どちらの最高裁も、捜査対象を後から絞り込めばよいという発想そのものに歯止めをかけた点で、同じ問題を見ていたことになる。
原則を示したあと、日本は何をしてこなかったか
この話の本当の要点は、ここから先にある。日本の最高裁が求めた専用立法は、9年以上たった現在も実現していない。警察は現在、スマートフォンのGPS位置情報を取得する際、総務省がガイドラインで定めた枠組みを使っている。裁判所の検証許可状さえあれば通信キャリアが位置情報を提供できる、という運用であり、車両にGPS端末を装着する捜査とは別の抜け道として機能してきた。中央大学の宮下紘教授は、この総務省ガイドラインによる運用について、個々の裁判官の判断に令状審査を委ねるだけでは足りないとした最高裁判決の趣旨とは整合しないと指摘し、事実上の抜け道になりかねないと警鐘を鳴らしている。日本は、原則を確立する点では米国より9年早かったが、その原則を制度として実装する段階では、最高裁判決以前とさほど変わらない状態を続けている、ということになる。
これから米国が向き合うこと
米最高裁のチャトリー判決も、事件を下級審に差し戻したにとどまり、ジオフェンス令状という手法そのものの将来を最終的に決めたわけではない。それでも、原則を確立した後にどう制度化するかという課題は、これから米国が向き合う番である。Googleはすでに2023年から位置情報履歴を端末側に保存する方式に切り替えており、今後は同種の広範な開示要求そのものに応じられなくなる場面が増えるとみられる。一方、Apple、Lyft、Snapchat、Uberなど、サーバー側に位置情報を保持し続けている他社には、この判決の影響がこれから及んでいくことになる。捜査機関にとっては、対象を絞り込まない粗い開示要求ではなく、相当な理由と対象範囲の特定を備えた令状を最初から用意する実務への転換が迫られる形だ。
日本の9年間が示しているのは、最高裁が原則を示すことと、その原則に見合う制度が現場で機能することの間には、想像以上に大きな距離があるという、目立たないが動かしがたい事実である。米国はこれから、その距離を埋める作業に取りかかることになる。
📌 本クリップは外国語一次ソースをもとに要約・解説したものです。 引用元の全文はリンク先でご確認ください。
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配信:マンボウ
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