Nextage No.17「過去に目を閉ざす者」

関東大震災から、9月でちょうど100年となりました。松野官房長官は、震災当時の朝鮮人虐殺について「政府内において事実関係を把握する記録は見当たらない」と述べましたが、私はこの発言は不正確だと考えます。なぜなら政府は、2009年に内閣総理大臣を会長とする内閣府の中央防災会議で報告書を出しており、資料とともに「犠牲者の1%から数%が殺害された」と明記しているからです。報告書が引用した一次資料には、犠牲となった事件が記録されています。関東大震災で土砂崩れと津波で亡くなった人は推計で1066人です。最低でもそれに匹敵する人間が、同じ人間によって殺されたのです。この悲劇を風化させてはなりません。

先日、「福田村事件」という題名の映画を観ました。千葉県福田村(現・野田市)の利根川沿いで、香川県から来た薬売りの行商人15人のうち、妊婦や子どもを含む9人が、自警団や村人たちによって殺害された事件を映画化した作品でした。この凄惨な事件は、震災直後に根拠のないデマが飛び交う中、自警団や村人たちが、行商人を「朝鮮人」と疑ったことがきっかけだと言われています。

「その場の空気に飲まれれば、誰でも加害側になりかねない」、映画を観て感じたのは、そのような怖さや後ろめたさでした。そして命を落とした日本人は、他にもいました。ハンディキャップのある方々でした。自警団は、朝鮮人が発音しにくいとされた濁音が含まれる言葉を言わせて、朝鮮人か日本人かを確かめていったと記録されています。答えられず殺された人の中には、聴覚障がい者も含まれていました。聞き取りや発話に困難さを抱える聴覚障がい者の方々にとって、質問に答えることは困難だったことでしょう。人々の心に余裕がなくなった時、このような群集心理が働きかねません。そして大人数で動くことによって攻撃的な態度をとってしまう群集心理は、いつの時代においても発生する危険性があります。SNSによって個人がメディアとして自由に発信ができるようになった現代においては、群集心理が暴走する危険性はむしろ高まっていると考えます。コロナ禍初期の自粛警察や他県ナンバー狩りといった出来事も記憶に新しいかと思います。

だからこそ、私たちがすべきことは、過去を無かったことにするのではなく、歴史から学ぶことであるはずです。かつてドイツの大統領となったヴァイツゼッカーは、「過去に目を閉ざす者は、現在に対しても盲目となる」と述べてユダヤ人慰霊碑の前に跪きました。ナチスのホロコーストを無かった事にするのではなく、悔い改めたのです。この出来事によって自国内だけではなく近隣諸国の信頼も獲得したドイツは、欧州連合(EU)設立において主導的な役割を果たし、経済的にも大きな果実を手にしました。翻って我が国はどうでしょうか。歴史を消すようなことがあってはなりません。

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