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家庭教育の理想と現実:小学生の負担と過去最多の不登校

私の小学生の頃は、「宿題やったの?」と親から口うるさく聞かれたものの、実際はほぼ放置状態。
どんな宿題が出ていたのか、正直覚えていないし、適当に自分の机で勝手にやっていたような(いや、やっていなかったような?)気がする。

ところが、今の小学生の宿題はすごい。
もちろん学校差はあるのだろうけれど、「音読カード」、運動の日課、宿題の丸付け…。

とにかくおうちの人が関与してくださいというスタイルになっている。

音読カードが全国レベルで普及したのは1990年代。宿題の丸付けも1980年代後半〜1990年代にかけて一般化したようだ(お詳しい方、もし間違っていたら訂正してください)。

ここ10〜15年で家庭の関与がより強く求められるようになった。特に2020年代に入って文科省が家庭教育支援を強化した流れが大きい。

「家庭教育の重要性」は理念としては素晴らしい。しかし、ここで疑問が出るのが「女性活躍」との矛盾だ。私はワーママvs専業論争は好きではないし、どちらのお母さんも尊敬している。母親の就労が子どもを犠牲にしているというような単純な批判もしたくない。一番の論点は、この矛盾が子どもたちへの負担につながる構造的な問題である、ということだ。

共働き家庭では、親が帰宅するのは早くても18時頃。学童では下校後に宿題や自主学習の時間が設けられていることが多い一方、スタッフが丸付けや細かな学習指導をしてくれるとは限らないという現実もある。公立学童は「見守り中心」、民間学童では学習サポートが手厚いところもあるなど、施設によって差がある。学童に行かない子は、一人で宿題をこなさなければならず、親が学習の遅れをフォローできない場合は、塾に頼ることになる。すると塾の宿題でさらなる負担が増えるか、あるいは通えない子は学力格差が生まれる

じゃあ、祖父母やボランティアを頼ればいい?それも、何だか不思議な構図だ。


もっとも、ここで結論を出すのは難しい。学校の先生の負担を減らすことも、父母の負担を減らすことも、どちらも重要な課題だからだ。

では、子どもにとってもストレスなく過ごせる仕組みをどう描けばいいのか。

文部科学省の最新調査によれば、2024年度の小中学生不登校数は過去最多の約35万4千人(353,970人)となっている。
子どもの数は減り、理論上は一人ひとりに手厚くケアできるはずなのに…。

しかも、親や教師の大半は昭和時代より、子どもに尊厳を持って接している。叱咤激励より対話重視、個性を尊重する教育が広がっているのに、なぜ不登校は右肩上がりなのか。

不登校の要因は簡単には論じられないものの、この増加は「学校という仕組み」に何らかの歪みが出ている証左ではないだろうか。

私たちの時代の小学校はとても厳しい場所で、あの時代に戻ろうとは思わないが、勉強に関しては、ほぼ学校で完結していた。
今の小学校では、話し合いや総合の時間が増え、いわゆる基礎学力は学校内で叩き込まれるというよりも、家庭でのフォローが前提となる。基礎学力が家庭任せになることで、学力の維持・向上だけでなく、子どもの学習意欲やストレスにも影響が出ているのではないか。
これは結構深刻な課題だと思う。

さらに言えば、家庭学習重視という理念は現実には十分に機能していない。共働き家庭では丸付けやチェックにまとまった時間を割くのは難しく、学童や塾に頼らざるを得ないケースがほとんどだ。理念はあるが、現実の生活リズムとのギャップで形骸化しつつある。

父母、教師の負担を減らしながら、子どもにとってもストレスの少ない学習環境をどう作るのか。学校内で学習が完結できる仕組み、学童で完結できる仕組み、そして塾に頼らなくても学力の底上げができる仕組み。

子どもが楽しく安心して学べる環境を、今こそ本格的に議論すべきではないだろうか。

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