【おむすびはもう隠さない】~アイデンティティは食から生まれた~3
その3 イギリスでの食事情
国民食は何?
イギリスと日本はそもそも調理形態が違う。日本はHOBと呼ばれる卓上の火や熱の上に鍋やフライパンを載せてほとんどのものを料理する。対してイギリスでは、オーブンのなかですべての調理が完結することが多い。
お皿に盛った姿は概して茶色系が多く、付け合わせの野菜はなぜか煮過ぎて色褪せている。味を染ませた煮込みならわかるが、塩だけで茹でたものがどうしてこんな色になるのか‥‥と30年前は思ったが、時代とともに改善され、衝撃はずいぶんと減ってきた。
とはいえ、日本人が季節を味わったり、目でいただくという『色彩』は足りていないと思う。
2000年初頭、イギリス人が一番好むという理由で『カリー』が国民食と聞いて、日本人の好きな家庭料理に『カレーライス』が上位に来るのと同じだと思った。イギリスのインドの植民地支配という背景は色濃いが、国民食と言われる位置づけに驚いた。
これは国民投票の結果ではなく、「Chicken Tikka Masala (チキン・ティッカ・マサラ) は英国の国民食だ」と当時の首相が言ったことに由来するらしい。ヨーグルトとスパイスでマリネした鶏肉をオーブン (インドではタンドールという窯) で焼いたチキンティッカ。それにトマト、玉ねぎ、にんにく、生クリーム、スパイスを使ったマサラソースを絡めたカリーだ。生クリームの濃厚さで辛さをマイルドにしたのがイギリスの発明というわけだ。
現在のイギリスの国民食は?とAIに訊いたところ、Fish&Chips (フィッシュアンドチップス) 44%、Roast dinner (ローストディナー) 38%、Full-English breakfast (フルイングリッシュブレックファースト) 23% と回答された。
私の想定とも近い結果だ。
子ども限定で語れば、好きな食事は例外なくピザなのじゃないかと思う。
日本では子どもの誕生パーティーなどで、ママ友の参加も含めて腕の振るいどころとばかりに、張りきったものだった。こちらに来てからは、子どものお友達が見向きもしないものを出すくらいなら、冷凍のピザの方が間違いがないことを早々に学んだ。
イギリス料理とは一体なんなのかと問いたい。
そもそもイギリス人は食べることにそれほど頓着のない国民だと思う。イギリスでは、食べることに執着することはハシタナイというか品のないことのようだと、何かで読んだ気がする。高潔な人こそ何を食べるか憂うことなく、霞だけで生きられるという感じなのだろうか。
翻って、日本人は食への飽くなき情熱がある。私がイギリスに来たことで初めて気づかされたことだ。
日本人の私達が二人以上集まると、それはそれは食の話題に終始する。どんなにハシタナかろうが、それが日本人が日本人である証ぞ、と思う。
「日本人が集まるところには必ずご馳走が並んでいる」と言ったイギリス人が居た。美味しいものは共有できる相手とこそ食べたい、それがモチベーションだからだ。
ここだけに限らず、これは世界中の現地日本人たちの間では同じなのじゃないかと思っている。
SUSHIの存在
何度も言うが、イギリスでは外食の出費が、満足度に見合っていない。
日本なら着席で外食をしなくとも、コンビニやスーパーで調達すればいい話だろう。
簡単なことに思える。日本では、何を食べようか悩むだけの選択肢があるのだから。
イギリスのスーパーマーケットでは、基本温かい食べ物を提供していない。お店によっては、パイや丸ごとローストチキン、ローストしたり揚げてある肉の塊が並ぶ温カウンターもあるが、熱々からは遠い。日本のおむすびに匹敵するのがサンドイッチだが、それは冷却した棚に並んでいて、無駄に冷たい。
SUSHI (一口サイズの細巻きの詰め合わせ) がいくつかのスーパーマーケットのサンドイッチ売り場にお目見えして四半世紀が経とうとしている。2000年初頭には、冷えて固くなったすし飯は食べられたものじゃなかった。イギリスはコメからの食中毒を極端なくらい危惧する国だと思う。寿司をよく知らないで、食品衛生の基準だけで、流通させていた時期は20年ほどにも及んだ。
ようやく低価格が売りの大手スーパーマーケットでも寿司詰めやBENTOと表示されたBOX入りランチが売られるようになった。数日家を離れてご飯が恋しい時に買ってしまうほどには、すし飯の品質や保存形態が向上した。そのことにはとても安堵している。
泣くほど悲しい時はある
品種改良が一因とも言われているが、小麦摂取による弊害はなんとなくいつも感じている。私にも、体調改善のためにグルテンフリー食に徹した一年半ほどの期間があった。日本なら米一択で済んだ話なのに、コムギの国でのグルテンフリー生活はどれほど過酷だったことか。
大きなスーパーマーケットの真ん中で、溢れかえる食品に囲まれながら、ひとつとして食べたいものも、調理なしで食べられるものもなかった。
大きな声で言えることではないが、ただただ悲しくてポロポロ泣いたことがある。スーパーマーケットで泣くなんてあまりに大人げないので全力で自制したが、私の全細胞が号泣していた。
有り余るほどの食べ物を前にして、「食べるものがない」と泣くことが人として褒められたことか、とは思う。
ただ、私は日本が恋しかった。食文化や思想を取っ払って、コメの国というだけで日本に居る人が羨ましかった。イギリスで小麦を使わず同じ食感を出すためにどれだけの添加物が使われるか、食品ラベルを見ればギョッとするはずだ。
ヨーロッパを見回してみても、食べることへの情熱はイギリスが一番低いように感じる。イギリスは海という自然資源に恵まれていながら、美味しい魚介類はフランスやスペインなどに輸出されてしまう。彼らのほうが魚介が欲しい情熱があるだけの話だ。
一般人が買える魚の種類が少ないのも、25年経った今でもあまり改善されていない。日本なら魚を獲ってお店に並ぶまで、保管・流通は鮮度が命がけで守られているというのに。そんな日本ではスーパーで買ってきた魚でも、料理中の魚はいい匂いがするものだ。
それに比べ、イギリスでは「新鮮」の定義からして違うのだ。漁師さんですら、獲った魚の鮮度より、まずはCup of tea (一杯の紅茶) の時間を大事にしてそうなのがイギリス人だと思う。
お店で魚を買ってくる。パッケージを開けた時に臭う。調理を工夫してそれなりに美味しく食べられたとしても、家の中は臭くなっている。レストランでテーブルに運ばれて来た魚さえプワ~ンと臭ったこともある。
美しい海辺の町に住みながら、活きのいい鮮魚はどこにあるのか、と今日も悲しみは止まらない‥‥
工夫する生活
イギリスに限らず、海外の田舎町ではとかく思い通りのものが手に入りにくい。それでも自分が食べたければ、本来ないはずの食材を常駐させなければならない。
我が家でいえば、味噌、みりん、あんこなんかがそうだ。
ロンドンから取り寄せるにしても高い・少量・口に合わないとくれば手作りするしかない。
日本の食生活が恋しいのは同士である現地日本人たちも同じだ。ひとりの日本人の友達が糀を菌から作って、商品にまで昇華してくれた。糀屋さんになった友人のおかげで私たち日本人コミュニティの暮らしは格段に豊かになったといえる。
手前味噌の美味しさは言うまでもないが、ウォッカともち米、麹で仕込むみりんは、飲んでも得も言われぬ美味しさである。自分で作った方が高くついてしまうみりんだけれど、料理に使えばまさにプライスレスだ。
酪農の国でありながら、ビーフが固いことも多いので、塩麹マジックでかなり美味しくいただける。糀は天の采配としか言えない。
現在の日本国内の米の高騰には言葉を失うが、日本から輸入した日本米は以前からもずっと高価だった。アメリカ産や中国産のうるち米も買えるのだが、食感は同じでも炊いている時にコメの香りが全然しないことが、ある時からやりきれなくなってしまった。
私はほぼ毎日コメを食べるが、この消費量を支えるためにイタリア産短米を25㎏玄米で買っている。ご飯を炊く度に精米機で胚芽米にするのだ。おかげで白米が主食の日本の人よりもビタミンB群は断然摂れていると思う。糠はぬか漬けにしているので一石二鳥なのは言うまでもない。
好物のおむすびのためには胚芽米がちょうどいい。玄米おむすびというのもあるが、おむすびはやっぱり白米に近い方がホッとして、私には美味しい。家にあるコメを精米できなくなったらちょっと露頭に迷うかもしれない。
万が一、民間人を弾圧する組織がやって来て、家財道具を没収されるならば、命がけで『精米機』を守る妄想までしてしまう。そのくらいなくてはならない存在になったし、イギリス国内ランキングでは我が家のご飯がいちばん美味しいと思っている。
必要なものが適価で買えなければ、別の食品で代用するという柔軟さは絶対必要だ。おむすびの梅干はどうする?と訊かれれば、梅はないけどプラムやアプリコットを塩で漬けてでも、代用品を作っている。
砂糖で煮てパイやクランブルに使われるルバーブという野菜がある。この酸味を利用して塩で煮ると梅肉と錯覚できる代物になることは、ずっと以前に海外在住日本人のあいだで共有された情報だ。

画像: macaroniサイトより
こうやって私はイギリスで生き延びる術を身につけてきた。
今日もどっこい生きている。




なぜですって?そりゃあおむすびを食べられるから‥‥

「私は私」かな
その4に続く‥‥
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