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完璧よりも、始めること、続けることに価値がある。

「せっかくならちゃんと作りたい」
「どうせやるなら、きちんとしたい」

そう思った瞬間、手が止まることがある。
料理でも、発信でも、何かを始めようとするときほど、「ちゃんとやらなきゃ」という完璧主義が顔を出す。

WEB制作をしていると、相談を受けることが多いのですが、これからブログを書くぞ!と張り切っている一方で動けない人って本当に多いんです。

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なぜ「ちゃんと」が、
あなたのブレーキになってしまうのか?

それはまじめな証でもあるけれど、知らず知らずのうちに、始めること・続けることのブレーキになっているかもしれない。

でもね「ちゃんと」が必要な料理なんて、
ほんとはそんなにない

和食の定番──筑前煮や天ぷら、ぬか漬け。
いずれも「手間がかかるから」と敬遠されがちな料理だけれど、本当にそうだろうか。

たとえば筑前煮。煮崩れても味がしみていればおいしいし、天ぷらは衣がカリッとしていなくても、素材の甘さが引き立っていたらそれで満足。ぬか漬けに至っては、混ぜ忘れても再生できるし、ダメにしてしまってもまた始めればいい。

でも、SNSや料理本で“理想形”を見てしまうと、「それに近づけなきゃ」という完璧モードが発動してしまう。「せっかくならちゃんと」「一から手作りで」「綺麗に仕上げて」──その“ちゃんと”が心理的ハードルを上げてしまう。

ビジネスも発信も「未完成」から
スタートしてもいい

そう、実は
「完璧な発信」も、
「理想のスタート」も、永遠に来ない
いつも完璧だと思うあの人は、実は30回くらいやり直しているはず。

発信を始めたい、商品をつくりたいと思っても、「まだ整っていないから」「もっと自信がついてから」と思いがち。その裏には、「中途半端なものは出せない」「ちゃんとやらないと人に見せられない」という気持ちがある。

でも、うまくいっている人ほど「未完成のまま出す」「走りながら整える」を繰り返している。実は、出すことで整い、届けることで改善できる。

料理と同じく、ビジネスも「やりながら整える」でもいい。むしろその方が、自然とファンもついていく。

「整ったもの」より、
「ほっとするもの」に惹かれる時代

見た目が完璧なお菓子やお弁当よりも、「崩れたけど美味しそうな煮物」や「なんとなく詰めた家庭弁当」のほうが、共感されやすいことがある。

完璧なプロ仕様より、
心が動くのは「ほっとする余白」

ビジネスでも、すべてがプロ仕様で揃っているものより、人柄や背景が見える“ちょっと不揃いなもの”に惹かれる人が増えている。完璧さよりも、あたたかさや余白。それがあるからこそ、「これ、わたしにもできそう」と感じてもらえる。

「完璧」は、誰かのために
がんばってきた証かもしれない

「ちゃんとやらなきゃ」は、真面目すぎる性格のせいじゃない。

たぶん、これまで何度も「誰かをがっかりさせないように」「期待に応えたい」とがんばってきたからこそ、生まれたルールなんだと思う。

料理も、ビジネスも、根っこにあるのは「誰かを喜ばせたい」という想い。
その気持ちがあるなら、完成度はあとからでもいい。むしろ、不完全なまま届けたほうが、届くこともある。

始めること、続けることに価値がある

煮物が崩れても、投稿が雑でも、今日も「手を動かした」ことは、すごく価値がある。

「ちゃんとやらなきゃ」と思ったときこそ、
「今日はここまででOK」「これで十分伝わる」と自分に声をかけてみる。

***

料理もビジネスも、「完璧に整える」より「続けられる」ことの方が大切。
その視点があるだけで、ちょっとラクに、そして心地よく続けていけるのかもしれない。

そんなとき、私はAIに壁打ちをする、骨子を考えてもらう、たたき台をだしてもらう。そう、AIは私の書きたいことを整理して形にしてくれる。

はっきり言って、それは「私」じゃないかもしれない?でも、私がAIに相談しなければこの世に出なかったこと。たたき台の「種」は指示しているってことなら、ほとんど「私」ということではないだろうか。

***

真面目な人だからこそ陥るその罠の抜け道、すぐそこにありますよ。
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甲田和美|AIで心地よいビジネスの形を検証するnote いつも読んでくださってありがとうございます。応援してもらえると、またひとつ記事を書くエネルギーになります。チップも、フォローも、どちらもとっても嬉しいです。