そのままの私でもいいのかもしれない
私は母になった時から、ずっと心に持っていた思いがあります。
それは、子どもを「足りないものがあるから補わなければいけない存在」として見るのではなく、その子を丸ごと受け止めたいという思いです
でも、その「そのまま受け止めたい」という思いは、子どもだけではなく、私自身がずっと求めていたことだったのかもしれません
そう思う背景には、私自身の幼少期に、そうしてもらいたかった、という思いがあるのだと思います。
私の母は、きっと私を愛してくれていました。
ただ、当時の私は、その愛情を十分に受け取ることができませんでした。
言葉や態度で伝わるものばかりではなかったからです。
息子が1歳半を過ぎた頃、言葉の遅れを感じ、発達検査を受けました。
そこで発達の遅れが分かりました。
その時の私は、「普通」と言われる子育ての道から外れてしまったような気持ちになりました。
そして同時に、
「誰もこの子のことを理解できなくても、私だけは理解したい。」
そう強く思ったことを覚えています。
そこからは、息子のために良いと言われることを試したり、勉強したりしてきました。
将来、少しでも困らないように。
少しでも生きやすくなるように。
私は必死でした。
でも今振り返ると、私は息子の「そのまま」を見ていたつもりで、どこかで「できるようになること」を見ていたのかもしれません。
息子は言葉も少しずつ増え、小学校へ入学しました。
けれど、少しずつ学校へ行けなくなり、不登校になりました。
そして、発達障害(ASD、ADHD)であることも分かりました。
私は、どうしたら学校へ戻れるのかを考え続けました。
でも、息子の苦しそうな表情を見た時、ようやく分かったことがありました。
この子は、行きたくないのではなく、行けないほど苦しかったのだ、と。
そのことを親として見つめた時、私は初めて自分自身に問いかけました。
「私は、この子の何を見てきたんだろう。」
子どもの不登校を受け止めたつもりでいても、心の奥にはずっと違和感がありました。
100%「そのままでいい」と言えない自分がいました。
なぜだろう。
なぜ、この子のありのままを受け止めたいと思っているのに、できないのだろう。
その答えを探すために、私は自分自身を見るようになりました。
私は、学校は嫌でも行きました。
嫌なことも我慢してきました。
だからこそ、我が子が同じようには頑張れないことを受け止めることが難しかったのだと思います。
でも、そこで気づきました。
子どもを受け止められなかったのは、私自身が自分のことを、そのまま受け止められていなかったからなのだと。
そこから少しずつ、「〇〇である私」という肩書きを脇に置いて、自分自身を見つめるようになりました。
保育士。
幼稚園教諭。
母。
女性。
そういうものを一度横に置いて、何者でもない一人の私として、自分を見る時間を持つようになりました。
何かを持っているから大丈夫なのではない。
仕事をしているから。
誰かの役に立っているから。
何かができるから。
そうではなくて、何も足さなくても、何も引かなくても、今の自分でいい。
そのことを本当に少しずつですが、実感できるようになってきました。
もちろん、まだまだ途中です。
昔から身につけてきた「もっと頑張らなければ」「足りないものを埋めなければ」という考え方が出てくることもあります。
でも以前より、自分のことを「結構いいな」と思える瞬間が増えました。
体調が悪くて何もできずに横になっている日もあります。
そんな時も、家族は私を責めません。
そばにいてくれる人の温かさを感じる中で、
「ああ、このままの私でも大丈夫なんだ。」
と心から感じられることがあります。
私は45歳になった今、少しずつ思い出しています。
小さい頃の私は、小さい頃のままで良かった。
頑張る前の私も。
何かを身につける前の私も。
できることが増えた今の私も。
どの時の私も、そのままで良かったのだと思います。
もちろん、努力することや成長していくことは素敵なことです。
経験や知恵は、今の私を作ってくれています。
でも、それがあるから価値があるのではなく、それがなくても、私は私だった。
そのことに気づきました。
そして、自分への見方が変わると、不思議と子どもを見る目も少しずつ変わってきました。
まだ、子どものすべてを100%受け止められているわけではありません。
でも、まずは私から。
私自身が、自分に向かって「そのままでいい」と言えること。
その歩みを、これからも続けていきたいと思います。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました☺️
