「おばさん」という、女の次の生き方
私は、物心ついた10代前半から、自分が結婚する20代後半まで、無類の男好きだった。
こう書くとかなり語弊があるが、育った環境や元々の気質も含めて、重度の恋愛依存性だった。常に寄り掛かかる対象がいないと生きていけないほど、自分がずっと空っぽで、混沌としていた。
当然そんな中身のない女は魅力がないし、そんな女に寄ってくるのはそれなりの男なので、恋愛はいつも長続きしなかったけど。
いなくなればまた次の新しい男が、無限にいつまでも永遠に、空から降ってきたり、地面から湧き出て来るのだと信じていた。
ところが、母になり女としての第一線から退いて10数年、年齢も見た目のフォルムも大きく変化した今、街を歩いていても、私に欲望のこもった視線を投げかけてくる男は皆無だ。
せいぜい伊勢佐木町で赤ひげ薬局前のベンチに座っていた時に、ホームレスの男性に、「どっか行きたいの?」と声をかけられたくらいで。
そうか!私はいつのまにか、男性から見た性の対象としての女から、おばさんというカテゴリーの生物に転生していたのだ。
だけど、おばさんという生物は個体差はあれど概ね素晴らしい生き物で、初対面の相手とも何時間でも当たり障りのない事を話し続けられるし、恥ずかしいという概念があまりないので、どこでも躊躇なく質問や交渉ができるし、1人で焼肉でもバイキングでもライブでもどこへでも行ける。
性の対象にされないので、どこのコミニュティに入っても、異性絡みでおかしなトラブルが起きる事もない。
私はとある接客業の仕事をしているが、無駄にコミュ力が高くお節介という、おばさんの持つ長所をフルに活かせるような天職である。
ご近付き合いやママ友付き合いも得意だし、おばさんは無敵の最強な生き物なのだ。
女としての表面的な性的魅力ははるか昔に失っていても、今の私は数多の恋や人生の悲哀や浮き沈みを乗り越えた、人間的な深みや面白さといった、若い頃には持っていなかった新しいアイテムを備えて、レベルアップしているはずだ。
男という他人から、無遠慮に値踏みされ、勝手に価値を決められるようなステージはもう終わったのだ。
私は、今のおばさんになったふてぶてしく朗らかな私が、昔の男からの薄っぺらい評価に依存して生きていた空っぽの私よりも、ずっと好きだ。
私の価値は、私がつくり、私が決めるのだ。
これからもずっと。
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