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「辛い」と言えないまま、生きてきた私

昔から、私は「辛い」とか「苦しい」とか、言えない人間だった。

言ったところで何も変わらないし、助けてくれる人なんていない――そう思っていた。

苦しくなると自暴自棄になって、頭の中はぐちゃぐちゃで言葉にならない。
いや、正確に言えば、言葉にしようという気力すら湧かない。


「こんな考えしかできない自分が悪いんだ」

そう思い込んで、ずっと殻に閉じこもる。
そして今も、その根っこの部分は変わっていない。



この数年も、精神状態は決してよくなかった。

苦しさは波のように押し寄せては消え、1か月、1週間、時には1日ごとに揺れ動く。

振り返ってみても、「安定していた」と言える時間なんて、本当に一瞬しかなかった気がする。


自分の気持ちを整理したくて始めたnoteも、そういう時には全然書けない。

「どうせ誰も興味なんてないし、不快にさせるだけだろう」

私の頭の中を言葉にしたところで、ただの自己満足だし、そもそも言葉にできるほど単純じゃない。

そんなふうに思って、結局また笑顔のまま殻に閉じこもってしまう。


それでも今は――まとまらなくても残しておこうと思った。
だから、こうして文章を書いている。



心の奥には、いつもこんな言葉が渦巻いている。

「人を信じられない」
「寝るのが怖い」
「不安で仕方ない」
「消えたくなる」


それでも表向きは、患者さんに笑顔で接し、同僚や家族と会話をしている。
けれど本当は、余裕なんてひとつもない。

頭の中はいっぱいで、自己嫌悪に押しつぶされ、イライラが止まらない。
そんな自分が、一番嫌いだ。


もし私が明日いなくなったら、きっと周りは言うだろう。
「昨日まで普通だったのに」って。

――そのやり切れなさを、どう言葉にすればいいのか、私にもわからない。



「辛い」と言える人が羨ましい。
「疲れたから休む」と素直に言える人が羨ましい。
家族や友達を心から大切だと思える人が羨ましい。
そして、自分を好きでいられる人が羨ましい。


本当は、ただそれだけのことができればよかった。
それができずに苦しんでいる人も、きっと少なくないはずだ。

私自身、何を言いたいのか、うまくまとまらない。
ただ、一つだけはっきりしていること――

人生のリセットボタンを押したい。

そして、自分自身を「大切」だと思って生きてみたい。
誰かの優しさを、そのまま素直に感じてみたい。



「今からでも遅くない」――そう思う瞬間もある。
けれど、それができない自分にまた失望する。

まとまらない文章でも、今の気持ちを残しておきたい。
これもまた、私が生きてきた証だから。
それを失ったら、本当に生きていけない気がする。


本当は、自分を好きになりたい。
それでも「誰かに認められたい」と願ってしまう。

結局、私は人を信じきれず、心を開けないまま。
「助けて」と言えたら、何かが変わるのかもしれないのに――。


ただ漠然とそう思いながら、
「きっとこれは、発達障害の一種なんだろう」
と、自分にラベルを貼ってしまう。

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