見出し画像

あと二歩、踏み出せなかった朝に。雨が教えてくれた【生きる】という選択

もう、すべてを終わらせるつもりだった。

でも──
踏み出せなかった「あと二歩」が、私の人生を変えていった。


高校2年生のあの日。
私は制服のまま、川に向かって歩き出した。


「あと二歩」──それさえ踏み出せば、楽になれると思った。

けれど、踏み出せなかったその足が、今も私を生かしてくれている。

雨の中で泣いたあの朝から、すべては少しずつ変わり始めた。


■ 「戻らない」と決めた、あの朝


その朝は、曇り空だった。

「行ってきます」

いつも通り。
明るくそう言って家を出た私は、通学路とは逆の方向に歩き出した。
制服姿のまま、誰にも気づかれないように。


──もう、戻らない。
そう決めていた。

壊れかけていた心。
息ができないような重たい日々。
友達との関係も、家庭の空気も、何もかもが苦しかった。

私の居場所なんて、ここにはなかった。


■ 川の冷たさと、踏み出せなかった理由


人のいない道を歩き続けて、いつの間にか川辺に辿り着いていた。

川の流れを、ぼんやりと眺めながら座り込む。
冷たい風が、制服の袖から入り込んできた。

落ち葉が、ゆっくりと水に乗って流れていくのを見て、ふと思った。

「私も、こんなふうに流れてしまえたら、全部終われるのかな」

あと少しで、すべてが終わる場所が目の前にあった。

そう思った瞬間、私は立ち上がっていた。

そして、一歩。川へと足を踏み入れた。
じんわりと冷たい水が、靴の中に染み込んでくる。

その感触に、なぜか涙があふれた。


止まらない涙。
震える足。
一歩、また一歩。
頭の中は真っ白で、もう何も考えられなかった。


「楽になれるかもしれない」-


──でも。

そのとき、足が止まった。
身体が言うことをきかない。動けない。

怖かった。
でも、それだけじゃなかった。
まるで、「ここじゃない」と、心が叫んでいるようだった。


「あと二歩、進めば、楽になれる」


でもその二歩が、どうしても踏み出せなかった。


誰にも知られたくない。
でも、誰かに気づいてほしい。
矛盾した思いが、胸の中でぐちゃぐちゃになっていた。

涙だけがとめどなく流れた。


その時、遠くで犬の散歩をする人が見えた。

「見つかる」

そう思った私は、とっさに川から上がり、
逃げるようにその場を離れた。


■ 逃げ場所なんて、どこにもなかった


私は、とにかく遠くへ逃げたかった。
でも──行く場所なんて、どこにもなかった。


家には戻れない。
学校にも行けない。
警察に見つかって補導されるのも、絶対にイヤだった。

とにかく、誰にも見つからずに、静かに消えたかった。

泣くのをこらえながら、
あたかも遅刻して登校しているような、
あるいは、体調を崩して帰宅中のような…
そんな“普通”のふりをして、人目を避けるように歩き続けた。


そして、気がづけば住宅街にある木材置き場にたどり着いた。

プレハブの2階建て。
死角になったその階段の下に、私は吸い寄せられるように隠れた。


そこで、我慢していたものが、すべて崩れた。

声を殺して、泣いた。
震えながら、うずくまって、泣いた。

苦しかった。
悔しかった。
そして、何より──悲しかった。

とにかく、誰にも気づかれないように、声を押し殺して泣いた。

「……これから、どうすればいいの……」


所持金は、ほんのわずかしかなかった。

遠くへ行きたくても、制服姿では目立ってしまう。
母にプレゼントを買うふりをして、古着屋で服を買おうか。
でも商店街は補導の目があるかもしれない。

頭の中を、ぐるぐるぐるぐる、同じことが回り続ける。

答えなんて出るはずがなく、
私はただ、うずくまるしかなかった。

──

どれくらい、そこにいたのだろう。

携帯も、時計もなかった。
でも、昼を知らせるサイレンの音は、とっくに聞こえていた。

「この場所も、いつか見つかる」
「誰かが、どこかから見てるかもしれない」

そんな不安が、私を動かした。


次に向かう場所も、何も決まっていなかった。
でも、とにかくここを離れようと、私は再び歩き出した。

遠くへ。
誰にも見つからない場所へ。
とにかく、もっと遠くへ──


■ 沈黙の雨と、本当の声


そのときだった。
ポツ、ポツと、空から水が落ちてきた。

まるで、神様がタイミングを見計らったかのように。
私の気持ちとは裏腹に、天気だけがドラマみたいな演出を始めた。


でも、正直どうでもよかった。

傘も持っていない。
焦る気持ちも、濡れることへの抵抗も、どこにもなかった。
そんなことを気にする余裕なんて、少しもなかった。

ただ私は、歩いた。
あてもなく、無心で、ただ前に進んだ。


やがて雨は、急に強くなった。
ドラマのような土砂降り。

それでも私は、走らない。
濡れるままに、ただその雨に打たれた。

髪も、制服も、靴の中まで、びしょ濡れになって。

でも、なぜだろう。
あの雨だけが、私を包んでくれる気がした。


歩きながら、
涙が、静かにこぼれ落ちた。

声を殺すことも……
もう、できなかった。


ふと、立ち止まる。

土砂降りの雨。

私は歩道の真ん中で、ただ、動けなくなった。

わからなかった。
どれくらい、そこにいたのか。


気がつくと、
喉の奥から、震えるような嗚咽がこぼれていた。

そして――

誰にも聞かれたくなかった、本当の声が、
胸の奥から、勝手にあふれていった。 


「……もう、生まれてこなければよかった……」

「……なんで……」

「なんで誰も……
ずっと苦しかったのに……
気づいてくれなかったの……」


悲しみ。

苦しみ。

言葉にならなかった、本当の気持ち。


一つ、また一つ……

こらえていたすべてが、崩れていった。


……

ここからの記憶はあまりない。

その時の私が何を思っていたのか、どこを歩いたのかも、ほとんど覚えていない。


あの時の私に、誰が声をかけたとしても、何も聞こえなかったかもしれない。

感情がどこかへ剥がれ落ちたような“無”の中で、それでも私は、ただ歩いていた。


■ 無になった私が辿り着いた、学校という場所


気がつくと、私は学校の前に立っていた。
あれだけ「戻らない」と決めていた場所。
逃げたはずの場所。
それなのに、気づけばそこにいた。


なぜ、あの道を選んで歩いたのか──
それは、今でも分からない。

あの場所が、私を引き寄せたのか、
それとも、私の中に、ほんのわずかでも「戻りたい」という気持ちが残っていたのか…。
それすら分からない。 

けれど確かに、私はそこにいた。


あの雨が私の心の中の膿を、静かに、けれど力強く、洗い流してくれたのだろうか。


■ 「よく戻ってきたな」──はじめて動いた心


雨は、まだ降り続いていた。
濡れた制服が肌に張り付き、寒さに体が小刻みに震えていた。


そのとき、校舎の窓から誰かが私を見つけた。

「○○さんだ!」
「いた!先生、○○さんが!」

先生たちがこちらに向かって駆け出してきた。
そのうちのひとりが、叫ぶように言った。


「よく戻ってきたな!」


朦朧とする意識の中。
その言葉を聞いた瞬間、私の中で、何かが少し動いた。

ずっと冷たかった胸の奥に、かすかな温度が宿った気がした。

──

職員室の一角に通されて、私は毛布に包まれた。
両手で、あたたかいお茶を抱えた。

びしょ濡れだった身体が少しずつ温まっていく。

そのぬくもりと一緒に、私はやっと、呼吸を取り戻していた。

「親に心配かけてどうするんだ」
「もっと強くならなきゃダメだぞ」

先生たちは、次々にそう言った。
もちろん、どれも正論だった。


でも、あのときの私には、その言葉はまるで届かなかった。

──そんなこと自分が一番わかっていたから。

むしろ、わかりすぎるほどに、わかっていたから。


■ 優しく絆創膏を貼ってくれた恩師


でも──
その中で、たった一人だけ。

私のそばに静かに座り、目を見て、ぽつりと言葉をくれた先生がいた。

「あなたはね、まっすぐで、素直で、繊細で…
だからこそ、たくさん傷ついてきたんだよね」

その声は、私の心に、優しく絆創膏を貼ってくれるようだった。

私は、その言葉に、救われた。


その先生は、卒業までずっと私の味方でいてくれた。

クラス替えを提案してくれた。
友達との関係を修復するきっかけもくれた。
私が一歩ずつ前を向けるように、そっと背中を押してくれた。

もし、あの時あの先生がいなかったら、
私はきっと、今もあの場所に立ち尽くしていたと思う。


あれから何年も経った。
ある日、偶然その先生と再会した。
恐る恐る声をかけると、先生はすぐに私を思い出してくれた。

「元気だった?」と聞かれ、あの時の卒業式を思い出した。

言葉にならなかった私の肩に、そっと手を置いて一緒に泣いてくれた、
あの日の先生の姿を。


■ 「誰かの光になりたい」──心に咲いた、小さな花


あの日の私。
「あと二歩」で、すべてを終わらせようとしていた私。

でもその二歩を踏み出せなかった私は──
もしかしたら、心のどこかで、まだ「生きたい」と願っていたのかもしれない。

「誰か、気づいて」
「助けて」

言葉にならなかったその叫びを、
あの雨が、空に向かって流してくれていたのかもしれない。


だから私は、

いま、生きている。


そして今、あのときの私と同じように、
行き場をなくして、ひとりで泣いている誰かに──

今度は私が、気づける人でありたいと願っている。


それから私は「心理カウンセラーになりたい」という夢を持った。 

生きるって、苦しい。
でも、そんな私の声を拾ってくれた人たちがいた。

その人たちのように、私も人の「心の命」に寄り添える人になりたかった。

現実は甘くなくて、勉強も思うようにいかず、大学受験にも失敗。
結局、望んだ職には就けなかったけれど、今、私は“少し近い場所”で働くことができている。


あの頃から、たったひとつだけ変わらない願い。

──誰かの、声にならない「助けて」に、気づける人でいたい。


■ あの日の雨が、私を生かしてくれた 


私は、雨が嫌いだった。

でも今は、あの朝の雨を、特別な日として思い出す。

あの静かな雨が、私の心の中に、
小さな命の種を植えてくれた気がする。

そしてその種は、いまも静かに育ち続けている。

いつか大きな花が咲いて、
誰かの心を、そっと包める場所になったらいい。

私の中に咲く、その小さな花が、
いつか“誰かの光”になれたら──

そう信じている。


あのときの雨は、きっと
神様が私にくれた「恵みの雨」なのかもしれない。

私の心に、小さな命の花を咲かせてくれたのだから。


そして、あの朝。
踏み出さなかった「あと二歩」。

あの日の私に、今なら伝えられる。

「ありがとう。生きてくれて、ありがとう」

いいなと思ったら応援しよう!

miyu いただいたチップは、noteや今後の活動、自己啓発のために使わせていただきます!応援していただけると、とっても嬉しいです!