昭和、男もつらかった 189 田植え(後編)

前編より直接続く)
 田植えのときは、苗の並びをきれいにするため目印用の細いロープが一本、田んぼの横方向に渡されていた。並びを整えるのは、株どうしに適度な間隔を保ち、日光や栄養、風の通りが十分になるようにするためであり、稲刈りをしやすくするためでもある。

 ロープの両端には杭が括られており、ロープ本体には等間隔にそろばん玉のような赤い印が付けられていた。この赤い印を目安に苗を植えていくのだ。ひとつの列が終わるとロープを前に移動させ、次の列を植えていく、という手順である。ロープの移動は、田んぼの両端で田植えをしている人、だいたいは男性が担当し、互いに声をかけながら杭を抜き、前に移動させた。

 田植の一列ごとにこれをやろうとすると効率が悪い。幅が広くない田んぼの場合は、数列分の間隔を見越して移動させ、「〇列分だぞ」などと声をかけていたのかもしれない。このあたりのことは、のちに実際田植にも加わった二三四(わたし)の記憶ではあやふやだ。

 いずれにしても植え手は、ロープの赤い印をたよりに、手元の株から苗を取って植えていった。手元の苗の束がなくなる頃には、前もって田んぼのあちこちにばらまいてあった苗から適当な量を取って、田植えを続けた。補給する前に手元の苗がなくなったら、左右の人のどちらかから分けてもらった。

 かように作業のすべては連携プレーで、横一列になって苗を植えていく。前に進むときはすでに植えた苗を倒さないよう気をつけながら足を抜く。
と書くのは簡単だが、ぬかるむ田んぼに入った経験がある方はご存知のとおり、柔らかめの粘土の上に水を張ってあるようなもので、足を取られそうになる。土の力に抵抗しつつ少しずつ前進するのだ。しかも、横で植えている人たちとペースを合わせながら。感触もけして気持ちいいとは言えない。汚れる、動きにくい。それにヒルもいる。

 腰の痛みにも泣かされる。田植えでは前かがみの姿勢を保ちつつ左右を植えては前進して行く。ちょっと植えては腰を伸ばし、とやっていたらスピードが上がらない。土の状態によっては右脚と左脚のぬかるみ具合が違い、体のバランスを保つのが難しく、よけいに腰が痛くなる。こんな作業が、日本の隅々まで繰り広げられていたのだ。ニッポン人のなんと忍耐強いことよ。

 だが、少しずつでも前進していけば、やがてゴールに到達する。つまり一枚の田んぼを植え終わるのだ。植えた苗を倒さないように畦に出て、ずっと曲げていた腰を伸ばしながら田んぼを眺めるときの達成感はやはり一入だった。水を湛えた田んぼは、まだ細い苗が整然と並んで水面を薄っすらと緑に染め、田植え前の表情から一変する。

 のちに普及する田植え機の苗より、手植えの早苗は成長していたから、緑の色も鮮やかだった。 それもこれも一人ではできないこと。田植えの手伝いの人びとに二夫は
「おおきに、おやっとさあじゃした」(ありがとう、お疲れ様でした)
と声をかけて回った。
 
《お断り》「田植え」前・後編の内容は、二夫の妻・ミヨ子の来し方を綴った「文字を持たなかった昭和」の「田植え」(その一その四)と一部重複している。ここでは二三四たち子供の田植えの様子や田んぼにいたヒルについても描写している。

いいなと思ったら応援しよう!