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二夫さんの思い出7 貝の汁(けのしゅい)(前編)

 鹿児島の農村で昭和2年に生まれ(1927年。戸籍上の出生は昭和3年)、平成23(2011)年に没した二夫さん(つぎお。父)の生涯を「昭和、男もつらかった」のタイトルで綴っていて(番外編に「軍歴を辿る」)、二夫さんにちなむ思い出も折に触れて記している。(※)

 ある日わたしは珍しく気合を入れて料理をし、アクアパッツァ(のようなもの)を作った。先日あるお祝いでエクストラバージンオリーブオイルをいただいてから、比較的手軽に作れるイタリアン(もどき)としてアクアパッツァを作るようになったのだ。

 ニンニクの香りを移したオリーブオイルでまるごとの魚を両面焼いてから白ワインで蒸し煮にするだけ(魚は切り身でもいいがまるごとの方がごちそう感が出る)。蒸し煮の際プチトマトや玉ねぎなどの野菜、あればオリーブを入れる。魚に火があらかた通ったところでアサリなどの貝やイカを入れるとより「それらしい」。味付けは塩とコショウだけだが、素材の味だけで十分においしい(魚にはあらかじめ塩を振っておく)。蒸し汁はパスタソースにしたいほどだ。

 この日は近所のスーパーに北海道産のアサリがあった。ふだん見かける冷凍の中国産よりはるかに粒が大きい(値段も高いが)。魚は、デパート系の食品売り場でけっこう安く手に入るので――天然真鯛が500~600円台だ――、アサリは北海道産を選ぶことにした。

 できあがったアクアパッツァは大粒のアサリのおかげで豪華だ。アサリを拾って身をいただいては、殻入れの皿に殻を置く。それが何枚にもなったとき、急にある場面が思い出された。

 それは、アサリのみそ汁を食べる二夫さんの姿だった。

 実家ではほぼ三食みそ汁をいただいたが、基本は鰹節の出しにありあわせ、というか家で穫れた野菜をふんだんに入れたもの。ふんだんに、というと聞こえがいいが、要は野菜「しか」入れるものがなかったのだ。豆腐が入っていれば上等、子供たちが学校で持久走大会があるとかいう時は、母親が特別に卵を落としてくれた。

 そんなみそ汁ライフにおいて、アサリが登場するのは年に数えるほどもなかったと思う。昭和40~50年代のこととて、アサリはもちろん国産で、近場の浜から上げた、いまなら「超」のつく新鮮なものだったはずだ。それを、近くの魚屋で買ったのか、隣接する漁港のある市から――こことはいまは合併して同じ「市」になった――オートバイで朝獲れの魚やつけあげ(さつまあげ)を売りに来る魚屋さんから買ったのか、ともかくめったにないことではあった。(後編へ続く)

(※)過去の投稿は「洗浄機能付き便座」「歯磨きチューブ」「正月支度」「こし餡」「メジロ」「インターネット」

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