思索の旅で出会った言葉たち(5)
10年余の思索の旅で私が出会った言葉たちを紹介します。
異なる時代、異なる文化の言葉が、響き合ったりすれ違ったりする。その様子を楽しみください。
<コンフォード:ソクラテス以前以後>
完全なるイデアについての知識と、そしてじつに真理と実在についての全知識は常にわれわれの魂のそのものの中に備わっている。(想起説)
この記憶の内容は個人的なものではなく、全人類において同一であり、[…]
アリストテレスはこの世界の人間であり、ここから別の世界に逃れることを切望したりしない。[…]プラトン主義の彼岸的性格を脱却して、常識の哲学を回復しようと努めているのである。
(アリストテレスの)神はみずからが目的であって、自分自身の完全性を観想することだけに没頭している。
<西田幾多郎:善の研究>
物心の独立的存在ということが直覚的事実であるように考えられて居るが、少し反省してみると直にそのしからざることが明になる。[…]その色その形は目の感覚である。これに触れて抵抗を感じるのは手の感覚である。[…]我らの意識を離れて物其物を直覚することは不可能である。
即ち意識現象あるのみである。物体現象というのはその中で各人に共通で不変的関係を有する者を抽象したのに過ぎない。
<佐々木閑:科学するブッダ-犀の角たち>
今までは外部世界そのものの直接記述だと考えられてきた科学が、実際には外部世界そのものと、それを特定のフィルターによって人間独自の体系へと偏向させる脳との共同作業によって作られるものだということ[…]
<ブッダの言葉 蛇の章 犀の角の如く>
交わりをなせば、愛情が生まれる。
愛情が生まれれば、苦悩が生まれる。
愛情から、苦悩が生まれるのを、見て、
修行者たるもの、犀の角の如く独り歩め。
