60すぎたら、なんでもネタになる日記(梅雨が体に来る、ということ)
梅雨が来た。
雨が続くと、なんとなく体が重い。頭がぼんやりする。気力がわかない。
若いころは「雨やから気分が上がらへん」くらいに思っていた。でも60すぎてから、これは気分の問題だけやないな、と気づいてきた。
体が、季節に正直に反応している。
■ 梅雨と60代の体の話
気圧が下がると頭が痛くなる、という人が増えた。わたしもそのひとり。
天気予報を見るより、自分の頭の重さで「今日は低気圧や」とわかるようになった。
それはそれで便利やけど、歳をとったなとも思う。
むかしは雨の日でも元気に動き回れた。今は、雨の日はなんとなく「今日はゆっくりする日や」と体が決めている。
逆らわなくなった。それが、60代になってからの変化かもしれない。
■ 心も、季節に引っ張られる
梅雨どきは、なんとなく気持ちが沈みやすい。
理由はない。特に悲しいことがあるわけやない。ただ、どんよりした空を見ていると、気持ちもどんよりしてくる。
これも若いころは「気の持ちよう」と思っていた。
でも今は、それでいいと思っている。
晴れの日に元気で、雨の日にしんみりする。それは、自然に合わせて生きているということやないかと。
人間も自然の一部やから、季節に引っ張られて当然。むしろ、全天候型で同じテンションでいられる方が不自然かもしれない。
■ 梅雨の日にしかできないこと
雨の日が続くと、外に出る気がしない。
でも、それはそれで悪くない時間がある。
積んでいた本を読む。ゆっくりお茶を飲む。ギターの練習をする。着物の整理をする。
晴れの日はなんとなく「動かなあかん」気になる。雨の日は「いてもいい」気になる。
その「いてもいい」感覚が、梅雨のひそかな贈り物やと思うようになった。
縁側で雨音を聞きながらぼんやりする時間。これ、なかなかええもんです。
■ AIに「梅雨の養生」を聞いてみた
体が重い日が続いたので、AIに「梅雨どきの体の整え方」を聞いてみた。
返ってきた答えがおもしろかった。
東洋医学的には、梅雨は「湿」の季節で、体に湿気がたまりやすくなるらしい。消化器が影響を受けやすく、だるさや食欲不振が出やすいと。
対策として出てきたのは、温かいものを食べる、はと麦茶を飲む、軽く体を動かす、など。
「冷たいものを控える」というのが意外やった。夏に向かっているのに、冷やしすぎたらあかんのか、と。
翌日から、朝に温かい飲み物を飲むようにした。少し体が楽になった気がした。気のせいかもしれへんけど、気のせいでもいい。
■ 「不調」を責めない練習
梅雨のだるさを感じるとき、以前は「なんで動けへんのやろ」と自分を責めることがあった。
やることがある。動かなあかん。なのに体が動かない。そのギャップが、焦りや罪悪感になった。
でも最近は、「今日の体は今日の天気と相談してる」と思うようにしている。
体が「今日はゆっくりして」と言っているなら、ゆっくりする。
それは怠けとは違う。季節と体の声を聞いている、ということ。
60すぎてから、体の声がよく聞こえるようになった。若いころは無視してた声が、今は無視できない。それは、悪いことやない。
■ 梅雨が明けたあとの空が好き
毎年思うのが、梅雨明けのあとの空のこと。
あの青さは、梅雨を経たからこその青さやと思う。
じっとりした日々があって、どんよりした空が続いて、それがぱっと晴れたときの解放感。
あれは、ずっと晴れ続けていたら味わえない感覚。
不調があるから、調子のいい日のありがたさがわかる。雨があるから、晴れが輝く。
梅雨は、夏の青空のための準備期間やと思えば、少し好きになれる。
■ まとめ
梅雨どきは、体と心が正直になる季節。
逆らわずに、季節に合わせて生きる。それが60代の養生かもしれない。
雨の日は雨の日らしく、ゆっくりと。
梅雨明けの空を楽しみに、今日もお茶を一杯飲んで過ごす。そんな日々が、意外とええもんやと思う、今日この頃です。
【みやんのおすすめnote】
✿ お花の先生・ゆきさんのnote → atelierneige615
保存花アトリエを営む、静かで深い言葉を書く人。Instagram: @atelier_neige_yuki
✿ 孫の保育園の先生・みっちーのnote → yoshiko73micchi
保育士歴20年超、笑えてほっこりするエピソードが宝箱みたいなアカウント。
✿ 義母の介護士・ひーたんのnote → hiitan_kaigo
介護の現場から、やさしくてリアルな言葉を届けてくれる先生。
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私は「音楽で未来をつくる人を育てたい」という夢を追い続けています。いただいた応援は、若手音楽家の支援と響の家の活動資金として大切に使わせていただきます。